「いつまでも消えない母の面影」青幻記 遠い日の母は美しく sankouさんの映画レビュー(感想・評価)
いつまでも消えない母の面影
冒頭の奄美群島の美しい珊瑚礁と白い砂浜の映像が鮮烈だ。
運命の悪戯によって引き裂かれながらも、沖永良部島の浜についた病身の母親サワとその幼い息子稔。
この映画は幼い稔少年の目線と、成人して故郷に戻ってきた彼の目線を交互に、時には交錯しながら進行していく。
大人の事情を知らない稔少年にとっては、どうして自分が母親から引き離されなければならないのかが理解出来なかっただろう。
彼の目に映る大人たちは皆意地悪で薄汚れている。
中には豆腐屋の主人のように稔を不憫に思って気にかけてくれる大人もいるが、彼がその親切に気づくのは大人になってからだ。
稔はどこまでも母親を追い求め続ける。
大人になった稔がいつまでも母親の面影を忘れられないのは、彼が母親からの愛情を一身に受けることが出来なかったからだろう。
結核に罹ったサワは最後まで稔を抱き締めることを拒む。
稔の思い出の中の母親の姿はどこまでも美しい。
それは死を前にした人間の儚さが見せる美しさだ。
そして稔少年はその最愛の母の死をしばらく受け入れることが出来なかった。
サワが若くして亡くなったことは序盤で分かるのだが、彼女がどのようにして最期を遂げたかはクライマックスまで持ち越される。
この最期の母と子の別れのシーンは、映画史にも残る美しくも残酷な画だった。
二人は魚を採りに干潟に出掛けたのだが、満潮の時刻になって急にサワは胸の苦しみを訴える。
いつの間にか二人の周りは押し寄せる波によって呑み込まれようとしていた。
岩にしがみつくサワは、稔に誰か人を呼びに行くように言いつける。
自分はここで助けを待っていると。おそらく彼女は助けが間に合わないことを悟っていた。
しかし稔だけは何とか逃がさなければならない。
彼女は決して後ろを振り向いてはいけないと念を押して稔を送り出す。
その直前の何度も稔に「お母さん」と呼ばせる彼女の姿が涙を誘う。
何とか浜にたどり着き、崖を登る途中で堪えきれなくなって振り向いた稔の目には、一面に拡がる海が映るばかりだった。
閉鎖的な島の風習や、心ない大人たちの冷たい言葉など、人間の醜さに触れる部分もあるが、印象に残るのは美しい島の景色とそこに調和する人々の姿だった。
サワ役を演じた賀来敦子の幸薄い感じの儚い美しさはとても印象的だったが、風景描写に比べて人物描写は今一つに思った。
芝居の間があまり良くなく、クライマックスのシーン以外は残念ながら引き込まれなかった。
稔の祖父を演じた伊藤雄之助の人を食ったような飄々とした姿と、ユタ役の浜村純の何かひとつ憑依している時のイってしまった表情は印象的だったが。