「不協和音」砂の器 おちゃのこさんの映画レビュー(感想・評価)
不協和音
クリックして本文を読む
幼き「乞食」の子にとって、父親は唯一の家族であり友であり、その小さな世界の全てだった。引き離されるくらいなら、ともに飢えたりのたれ死んだりするほうが、彼にとっては幸福だったのだろう。
心優しき養父母も温かいご飯も、彼にとっては響かない。ただ父親と身を寄せ合って放浪したことだけが美しく鳴り響き、「宿命」として色濃く奏でられる。
その悲しき「宿命」には儚げで美しい女も、金と権力を持った女も、一切の卑しさも持たない養父も、そしてかつての彼があれほど求めていた本物の父親さえも入り込む余地など無く、音楽の中でのみ彼は彼として生きている。砂の器を満たそうとする水は、器自体を壊してしまう。
「乞食」の子の不満げな表情が、奈良美智の描く、不機嫌そうな子供そのもので、ただ駄々をこねているわけじゃない複雑な重みを感じた。それはおそらく子供にしか持ち得ない感情をはらんだ表情で、そこから今日の彼がつくられていったのだと思えた。
結婚や子供を持つことを頑なに拒んでいた彼は、誰よりもその子供の背負う「宿命」の重さを知っていたのだろう。
砂の器はどこまでいっても砂の器。不確かであやうく、保ち続けることなどできない。
人の耳に響いてはきえる音楽のように。
形を成さなくなった砂の器は、決して拭えぬ生い立ちの不協和音を超えて、その残像をたよりに何度も作り直され、時と共鳴していく。
コメントする