「本作がなければ、山田洋次ワールドすべてが無かったかも知れない」下町の太陽 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
本作がなければ、山田洋次ワールドすべてが無かったかも知れない
1963年昭和38年4月公開
タイトルの主題歌は前年の1962年9月の発売
倍賞千恵子の歌手デビュー曲です
この年の日本レコード大賞新人賞受賞、翌年4月には本作公開、その年の紅白歌合戦にも出場
つまりスーパーヒット曲です
劇中ではタイトルバックと序盤とラストシーンの3回流れます
最初のものはインストメンタルで流れます
但しレコードとは別テイクのもので、映画用のアレンジで再録されたようです
製鉄所の金属音を連想させるようなところもあり秀逸です
あとは歌入りです
これはもしかしたらレコードのままの口パクです
でも彼女の歌声は子供の頃にのど自慢荒らしで有名だったそうで、歌唱力は抜群です
ただレコードでのイントロの哀愁を帯びたバラライカの音色が劇中では聴けないのが残念
カチューシャにも似たロシア民謡のような曲調は、当時人気だった歌声喫茶での人気を狙ったのでしょう
劇中歌はその他に、ビート歌謡の女王として近年DJにも取り上げられている青山ミチの「太陽がギラギラ」と「私の願い」の2曲が入っています
肉感的な肢体をデニムシャツとジーンズに身を包んで、ダンスホールで歌い、ツイストを踊るシーンはそれだけでも貴重です
当時なんと14歳です
11歳で地元のジャズクラブのコンテストで入賞してスカウトされてレコードデビューした少女です
彼女最大のヒット「涙の太陽」は本作の2年後の1965年にでます
彼女は横浜市麦田の出身で進駐軍の兵隊と日本人の母親との間の私生児でした
下町の太陽
もちろんそれは町子の明るい性格のことです
しかし山田監督は本当の下町の太陽はこの青山ミチであると、本作に出演させたのだと思います
まかり間違えば私設銀座警察の冒頭のシーンで殺されてしまうような産まれ方だったのだと思います
それでも彼女は逞しく育ち、生まれを恥じていじけたりしていないのです
持って生まれた才能を生かして将来の希望に満ちて、自信を持って歌い踊っているのです
町子は彼女を見たことで、自分より明るい太陽を見たのです
俺は真剣なんだ!
そのうじうじしたところのない態度を見た時の彼女の満足そうな笑みは、彼の瞳にも下町の太陽を見たからなのです
お話は歌詞の世界を上手く膨らませてあります
高度成長の真最中、来年には東京オリンピックというより良い明日に向けての希望と若さがあります
山田洋次監督第2作目
予告編には新進気鋭の新人監督と記されていました
野村芳太郎監督の門下生から独立してまだ日の浅い頃だったのです
本作での倍賞千恵子は、下町の庶民的で健康的なイメージがその後の彼女の女優人生の全てを方向づけたほどのインパクトがあります
ラストシーンの昼休みにバレーボールで真剣に遊ぶ彼女の笑顔は眩しい太陽そのものです
本作での彼女がなければ、男はつらいよのさくらも、民子シリーズも存在しえなかったかも知れません
それどころか本作がなければ、山田洋次ワールドすべてが無かったかも知れないのです
それ程の重要作品です
町子の家の最寄り駅、京成荒川駅は今の八広駅です
90年代に改称され、20年程前に高架に変わって押上方に100m 移動しています
隣駅の京成曳舟駅は町子の働く資生堂の石鹸工場の最寄り駅です
ここから京島の住宅街を少し南に歩くとキラキラ橘商店街があります
まるで昭和30年代を再現したテーマパークのような激シブ商店街です
序盤でチラリと写る当時の商店街の雰囲気を21世紀でも僅かな残り香を嗅ぐことができると思います
結婚式出席の後、映画館の前で鈴木左衛門らを見かける繁華街は錦糸町のようです
彼らが出て来たエロ映画の隣の封切り館は「地上最大の作戦」を上映中でした
今の東京楽天地かと思います
町子と北良介が一晩だけの約束でデートする遊園地は浅草の花やしきです
都電で彼女は見送られて帰ります
当時は都電のネットワークが今の地下鉄以上にあったのです
心に残るシーンでした
冒頭の銀座デートとの対比で、下町を紹介していく構成が見事です
観れば観るほど、本作の世界が愛おしくなります
この世界にいつまでも浸っていたいと思わせる魔力があります
その思いが男はつらいよシリーズにつながって行くのだと思います