劇場公開日 1962年11月18日

「元祖メロドラマ」秋刀魚の味(1962) 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0元祖メロドラマ

2024年12月29日
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小津安二郎は1963年12月12日、誕生日とおなじ日にがんのため60歳で亡くなり、1962年製作の本作が遺作となりました。
おなじみのテーマである父娘の別れ──娘の嫁入りをあつかったドラマですが、より通俗的にユーモラスに描いています。乱暴に言うと晩春を格調高いとするならその格調低いバージョンが秋刀魚の味です。そんな風に見えるのはこの映画が典型的な家庭メロドラマのシチュエーションで構成されているからですが、おそらく家庭ドラマというものの発明第一号が秋刀魚の味なので、秋刀魚の味からこんにちに至るまでのもろもろをわたしたちが見て知っているゆえに、発明第一号が通俗的に見えてしまう、という現象によって秋刀魚の味は通俗的なのだろうと思います。

カラーなので小津安二郎の画面構成となるレイヤー細工がよりにぎやかに見えます。マグカップ、ウィスキー、ビール、ショットグラス、灰皿、テーブル上のさまざまな食器、ランプシェード、掃除機、家具や団居、洋服や着物。飲み屋街の看板、家や塀、煙突、森永地球儀ネオン。それらのショットがめまぐるしく変わりながら、彩り豊かに画面をにぎやかします。が、カメラは110分間、1ミリも動きません。役者たちも劇的な演技をしません。腰位置にカメラを据え、セリフを言う毎にカットが変わる、この世にふたつとない映画手法で語られる小津映画の集大成といえる映画になっていると思います。

父である周平(笠智衆)が娘の路子(岩下志麻)を嫁がせるために腐心するという話です。
周平が路子を嫁にやることに躍起になったのは「ひょうたん」とあだ名されている恩師(東野英治郎)の言葉に感化されたからです。
ひょうたんは厳しい漢文教師でしたが、40年ぶりに同窓会をやってみると、下町で娘と燕来軒というラーメン屋をやっていることが判明します。それがいかにも凋落したように描かれていて、いつもピシッとしたスーツを着ている周平らと比べ、薄汚れた前掛けをかけていることに加え、師であったにもかかわらずかつて生徒だった周平らに対して、下男のような言葉づかいで接します。

そんなひょうたんが酔ったとき「娘を便利につかってしまった」という悔恨を吐露します。小津映画で、いつもはちゃきちゃきしている杉村春子が、ここでは父の燕来軒を手伝っている行き遅れた娘を演じています。ひょうたんの悔恨は、娘が嫁にいかないのをいいことに店を手伝わせた結果、娘を「いかずごけ」にしてしまった、彼女の人生を不幸にしてしまった──というものです。

現代は多様性の時代なので、いかずごけは不幸とイコールになりませんし、公人がそんなことを言ったら直ぐに炎上しますが、やはり男も女もはやく結婚して子供をつくって結婚生活を長くつづけるのが、いちばん真っ当な人生だと思います。
多様性軽視になるので言わないだけで、一般的にもそういうものだと思います。わたしは離婚しており子供もいません。そういう人間が、ごく一般的な社会でどういうポジションを得られるか、考えるまでもなく解りきった話です。時代が進歩しようとも、男女がつがいになって生きるという人類の営みのプリミティブな要件は変質しようがないわけです。

したがってこの映画が伝えている父の焦りも全人類に解る気持ちです。じっさいにIMDB8.0、RottenTomatoes95%と91%で、外国人も高い評価で「秋刀魚の味」のペーソスに共感しています。
英題はAn Autumn Afternoon。「秋の昼下がり」という英題にしては珍しい独自タイトルですが『the taste of saury』と言うわけにもいかなかったのでしょう。
われわれにしたって「秋刀魚の味」ってなんなんという感じですが、この題は、娘を嫁にやって悲しむ父の話ではあるが、それは秋刀魚の味のように日常的なことだ──という意味を込めたものだと思われます。小津安二郎が次回作として構想をすすめていた映画の題が「大根と人参」だそうですので、日々接する食材のようなことを描いているのですよ、と小津安二郎は言いたいのでしょう。

確かに日常的な食材のようによく解る話ですが、まっとうな人ほど刺さる映画だと思います。周平のように娘を嫁がせた経験者ならなおさらです。逆にいけずごけであったり、人生に失敗した人にとっては、これが家庭メロドラマ第一号であることを考慮しても出来すぎのドラマです。

また、ひょうたんの描写はやや残酷に感じます。漢文教師が退職してラーメン屋をやっているのは、むしろポジティブな行動力ですが、映画でひょうたんはおちぶれた者のように扱われています。誤解をおそれずに言うと、ひょうたんの描写は、中産以上の階級が飲食業を見下した描写になっています。総じて小津映画の登場人物が比較的裕福かつホワイトカラーなので、ブルーカラーがやや卑しく描かれるきらいがあると思います。

そうは言っても、この映画の時代は日本の戦後高度成長期のど真ん中です。
佐田啓二が冷蔵庫を買うから金(5万円)を貸してほしいと周平に頼む場面や、トマトを借りにお隣を訪れた岡田茉莉子が掃除機を見て「どう掃除機、具合いい?」とたずねる場面や、お隣の主婦が(冷蔵庫を買うと言った岡田茉莉子に)「でもあんなの早く買うと損ね、あとからどんどんいいのができるから」と応える場面などがあり、時代性をうかがい知ることができます。

一方この映画ほど戦争がのんきに語られている映画もありません。周平は戦時中海軍で駆逐艦朝風の艦長をやっていました。燕来軒で朝風の乗組員だった坂本という男(加東大介)と偶然に出会い、岸田今日子がママをやっているトリスバーで飲み直します。

坂本『ねえ艦長どうして日本負けたんですかねえ』
周平『んん、ねえ』
坂本『おかげで苦労しましたよ帰ってみると家はやけてるし食い物はねえしそれに物価はどんどん上がりやがるしねえ』
(中略)
坂本『けど艦長これでもし日本が勝ってたらどうなってますかね。おいこれトリス、瓶ごともってこい瓶ごと。勝ったら艦長、今ごろあなたもあたしもニューヨークだよニューヨーク。パチンコ屋じゃありませんよ、ほんとのニューヨーク、アメリカの』
周平『そうかね』
坂本『そうですよ、負けたからこそね、今の若え奴ら、向こうのまねしやがって、レコードかけてケツ振って踊ってやすけどね、これが勝っててごらんなさい勝ってて。目玉の青い奴が、丸まげかなんかやっちゃって、チューインガム噛み噛み、しゃみせん弾いてますよ、ざまあみろってんだい』
周平『けど、負けてよかったじゃないか』
坂本『そうですかね、うん、そうかもしんねえな、バカな野郎が威張らなくなっただけでもね、艦長あんたのこっちゃありませんよ、あんたは別だ』

「バカな野郎が威張らなくなっただけでも(よかった)」とは実際に戦地を転々とした小津安二郎の実感ではなかったかと思います。一兵卒にとってみれば戦争とはたんにバカな野郎が威張っていただけのイベントだったのかもしれません。

余談ですが画家、映画監督、小説家など、顔を見ることが後になるタイプの職業があり、じぶんが好きだったそのクリエイターの顔をはじめて見たときの印象というものがあります。で、いい仕事をするクリエイターは、おうおうにしていい顔をしているものです。そうではありませんか。わたしは面相をよめるわけではありませんが、小津安二郎の顔をはじめてみたとき、ああやはりいい顔をしている、と思ったのです。

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津次郎