「他に類のない"豊かさ"」秋刀魚の味(1962) D.oneさんの映画レビュー(感想・評価)
他に類のない"豊かさ"
劇中に詰まった無限大の人間味を、底なしに噛み締められる他に類をみない素晴らしき作品… セリフのひとつひとつに、人生や人間関係についてしみじみと考えさせられる豊かな"含み"を持たせた大傑作です。
ゆったりと平和な昭和の日常を描いた作品でありながら、多角的な視野から映し出した人間模様がなんとも良い…。定点カメラから対象を第三者的視点から客観的に観察しているかと思えば、シーンの切り替わりで見えている角度が変わる。作中の登場人物の視点から、お互いを見つめ、観察することを通して観客の感じ取り方を無限に味わうことを可能とする、そんな映画における最大の魅力を引き出した革命的な手法は、時を超え、国を超えて普遍的に評価される最たるものであるように感じます。
技術的な観点で映画の引き出す最高の魅力を発見した遺産級の作品でありながら、日本的な良さを現代の我々と世界に知らしめる偉大すぎる作品であるように感じられます。登場人物達の人間関係には、なんだか程よい"余裕"があるように思えました。昭和を生きたことがない私には真偽のほどはわかりませんが、当時の社会、人間関係にある種の心の余裕というか、豊かさがあったのではないかと感じます。
会話はゆったりとしたテンポで行われるのに、一切気まずさが感じられません。作中では集合住宅であっても簡単にお隣さん家にトマトを借りられるし、ふらっと他人のお宅も訪問できる。こんなにも密に人と関係を持ってたら、さぞかし気遣いとストレスで疲れるだろうと思ってしまうのですが、お互いに緩やかな人間関係が形成されており、なんともあっさりしています。そんな緩やかな形成体系の中で多くの人と繋がりを保ちながら、適度な距離感がある。例えば、お酒の場でもあっさりとおいとまを切り出せるし、数年前にちょっと関係のあった人と一緒に飲みにも行ける。戦時中に海軍の部下だったという男性から一緒に飲みにいきましょうと誘われて、本人は「はて、どなたでしたか」なんて言ってるにも関わらず、です。現代に生きる私からすれば、そんなこと到底出来ませんけど、それが当たり前にできるなんとも器用な人間関係に、心底憧れました。
戦後間もない、昭和を描いた映画ですから、所々に男性優位が垣間見れるシーンがありますけれども、作品では女性の偉大さを身に染みるように語りかけているように思えます。「私は人生、失敗しました。娘を便利にしすぎたから、独りぼっちです」"ひょうたん"先生の廃れた姿は、女性の存在に支えられながらも、その偉大さに独りよがる世の男性達に警鐘を鳴らしていたのかもしれません。