三匹の侍のレビュー・感想・評価
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「あさましいか?」って死語の様に使われないね。今は。
1964年 『カムイ伝』連載開始(ガロ)
1964年12月25日『荒野の用心棒』日本公開
1964年12月30日『三匹の侍』当該映画版公開
詳細は覚えていないが時代はこんな時代だった。勿論、僕はライブでこのストーリーを鑑賞していた訳ではない。我が亡父の酒の肴だった。こう言った時代劇はね。ご都合主義で予定調和なのだが、勧善懲悪でないのが我が亡父のお気に入りだったようだ。で、僕も好きになった。
さて、
紫左近と代官の娘「アヤ」との会話
『あや殿なにゆえ拙者を」
「私にもわかりません。でも、人の見る目が変わりました。できる事なら、私もおともしとうございます」それで
「ゴメン」
現代の若者が軽く使う『ゴメン」の元祖なのかなぁと思った。
また、この場面は「ルパン三世カリオストロの城」のクラリスとルパン三世の別れの場面かなぁって思った。
但し、残念な事だが、演出家は映画の演出家ではなかったって事かなぁ?
晩年は映画の演出もしているだろうが、それが日本の映画界の宿命なのだ。
同時代を駆け抜けた演出家に工藤栄一監督がいる。「必殺」が生まれるまでは10年は費やされたと記憶する。
追記
後方からの光を使って、前面の障子に殺陣の場面をテクスチャする。正にテレビ的な芸術だなぁと思った。「第三の男」のウィーンの水道での追跡シーンをリスペクトしてるね。インドネシアのガムランの前で演じられるワヤン・クリと言う影画だね。しかし、光と影のお箱は工藤栄一監督のはずだ。だから、彼等二人はものすごくライバル視していたと想像できる。
子豚、侍、おっさん・・・
TV時代劇『三匹が斬る』は好きだった。基本設定はこの映画のアイデアをもらっているものだったのだろう。しかし、この映画、かなり重いかも。
百姓の代わりに百叩きの刑を受ける柴は男らしく慈愛の精神に満ちてはいる。有りえないとは思いつつも、画面に釘付けになるほど面白い。しかし、せっかく民衆側から描いたストーリーも、ラストには侍たちの酔狂であったかのような展開になり、虚しささえ残ってしまうのだ・・・
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