「ワンショット・ワンシーンの完成された演出技法の見応えと演出美」残菊物語(1939) Gustav (グスタフ)さんの映画レビュー(感想・評価)
ワンショット・ワンシーンの完成された演出技法の見応えと演出美
完成度では戦後の「近松物語」に比肩する、溝口健二の芸道ものの最高傑作。演技の持続を見せつけるワンショット・ワンシーンの演出法を遺憾なく発揮した演劇的映画の見本のような力作で、練られたカメラアングルや移動撮影の素晴らしさに、ただ唸るしかない。台詞と動きが調和した役者の演技の本質に拘る溝口演出の厳しさ。その緊張感に包まれた独特なカメラワークで存分に表現された、見応えあるドラマと演技の美しさに吸い込まれる。
お徳が菊之助の演技の不味さを諭すシーンでは、背景の下町の家並みやその前を通り過ぎる人々のなかで会話するふたりのこころの繋がりを、川岸の道に沿った移動撮影で表現する。動きのある場面の面白さと風情の味わい。義母里がお徳を叱り付ける場面では、家にいる女中たちの様子を端的に描写して奥行きのある場面作りをする。また、田舎に帰ったお徳を探して菊之助が出会う場面では、山道の茶屋にある林を生かした演出で、人物の動きや思考を想像させる。口論する菊之助と義父菊五郎では、隣の座敷で心配そうに聞き耳を立てる義母里を正面から撮る演出。三人の関係性を浮き彫りにすると共に、高度な演技力を要求する監督とそれに応える梅村蓉子の演技。
観る者のイマジネーションを刺激しながら、登場人物の人となりや感情、思考、行為に思いを至らせる溝口監督の演出。それを味わい、尚それに酔うが如くの映画の模範。
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