「映像は鮮烈、なんだけど…」三月のライオン 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
映像は鮮烈、なんだけど…
瓦解していく建造物はあらゆる既存性のメタファーだ。それが崩れていくごとに、禁断であったはずの兄妹愛もまた普遍性を帯びていく。
視覚的に印象深いシーンが多い。往来の真ん中でパンツを履き替える、新宿の路上で出前のラーメンを啜る、アイスキャンディーの入った大きなアイスボックスを持ち歩く、などなど。これらも建造物と同様に、既存性からの脱線を意図しているといえる。
ただ、このシュールレアリスティックなメタファーの蓄積が、ラストの出産シーンに結実するというのは何とも肩透かしの感がある。「赤子を産むこと=愛の証明」という定式はまるきり倫理的で旧態的だ。それまで静謐が支配していた画面空間が、突如として赤子の劈くような叫び声で埋め尽くされるのも、鮮やかなコントラストというよりは不快なジャンプスケア的演出に感じられた。
逆張りをするのだったら、最後までそれを貫徹したほうが説得力があるんじゃないか。あるいは単に、映像としてのメタファーの巧さに内容が追いつききれなかっただけなのかもしれないが。
相米慎二や森田芳光あたりが本作とほぼ同様の手法を用いていながらも作品としてちゃんと面白いのは、たぶん、その「手法」が本質ではないからだ。
相米は過剰ともいえる演技空間を構築することで、演者の根底にある「人間」を否応なしにカメラの前に引き摺り出そうとする。森田は映像の中にシュールな空転を生み出すことで笑いや不安を誘発し、映画を受け手にとってよりアクチュアルなものと認識させる。
それらに比して、本作は手法そのものが目的となっているように感じた。これが「邦画の誇るべき特色」と誤認されていった果てに、日本映画は終焉を迎えると思う。今のところそんな様子はほとんどないから、よかった。