座頭市海を渡るのレビュー・感想・評価
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馬喰なのでつぶした馬を喰ってるのかと思いきや、牛の脚を炙り焼きにしてる…看板に偽りあるのでは!?
『座頭市海を渡る』っていうから上海か琉球辺りまで遠征するかと思えば、渡った先は四国。
当時はそれでも大した旅路だったんだろうけど、ロケは撮影所のあった京都近辺(たぶん)。愛宕山が京都市からの見え方と違うので、亀岡にも行ってるんでは。
一回見てるけど、オープニングで新藤兼人が脚本書いてることに気づき再視聴。
ストーリーは時代劇のやくざものにしては青臭くて青春ドラマみたいだけど、個人的には悪くはないと思う。
当時二十歳だった安田道代演じるお吉と市のやり取りは、青いの通り越して甘酸っぱい感じ。
撮影担当の武田千吉郞は宮川一夫や牧浦地志ほどのビッグネームではないが、遠近法を活用するなどなかなか凝ったカメラワークを駆使している。
劇団時代からの山村聰の盟友、山形勲は家老や裏家業の幹部といった風格ある役が多いのに、本作では下っ腹突き出して馬喰頭の藤八を怪演。
安田、山形以外にも共演陣の顔触れが豊富。
栄五郎役の井川比佐志に安造役は東野英次郎の息子孝彦(のち英心)。冒頭に登場する田中邦衛なんて役名すら付いていない(よく喋る男)。
自分に絡んできた暴力スリが市に斬られたのを見て「バケモンだぜ、ありゃ」と思ったかどうだか…。
くどい芝居が特徴の五味龍太郎が今回あまり目立ってないが、その分、大映時代劇の常連、伊達三郎が面目躍如の活躍。乗馬が趣味だったらしい。
「乗ってる人より馬は丸顔」…とは、元は高杉晋作の細面を揶揄した言葉だったそう。
序盤で市に返り討ちになった栄五郎に、彼が乗ってきた馬が寄り添い、主が流れに掠われたのを見てしばしあとを追う。
その後も栄五郎に代わり市を家へといざなう場面はまるで映像芸術。
秀逸な演出だしよく調教された馬を使ってる筈なのに、痩せ方が尋常じゃないのが気になる。年老いた馬だったんだろうか。
終盤、藤八一味と決着をつけに向かう市がお吉に別れを告げる緊迫した場面の背後で、のんびりあくびしてます。
クライマックスはさながら『真昼の決闘』(1952)。
決着の場面の殺陣がやや雑に見えるのが難。
BS12トゥエルビにて視聴。
渡った先は四国
脚本:新藤兼人
船の中、いきなり田中邦衛の猥談。みんな四国八十八か所の巡礼の旅に出るわけじゃないからいいのか・・・とは言っても、暴力スリの男といい、ここだけの出番。
今回の設定はかなりシンプル。百姓の村に山向こうの山賊みたいな奴らが力づくで支配しようとやってくるのだ。それでも新藤兼人の脚本の面白さがある。弱い者は支配されたほうがいいとか、支配者の論理を展開するほど会話が多い。カメラも定点が多く、アクション映画という感じではない。しかも、懺悔の旅ということもあって、市の内面をも見せてくれる。そして、村人たちは自分たちは何もせず、座頭市に頼ってしまうところも脚本の妙。
そんな中、安田道代の美しさだけが光っていた。
市の信じる大博打
シリーズ14作目。1966年の作品。
てっきりタイトルから(それとOPの印象から)海や船を舞台に海賊と闘う、これまでと一線を画した一作かと思ったら、違った。
“海を渡る”とは、船でシリーズ初の四国へ。
これまで斬ってしまった人たちを弔う為に、四国八十八箇所巡りの旅に出た市。
その最中一人の若い男・栄五郎に理由も言われる事も無く襲い掛かられ、またやむなく斬ってしまう。
栄五郎が乗ってた馬に連れられ、とある集落へ。
そこで栄五郎の妹・お吉と出会う。兄を斬った市にお吉は斬り掛かるが、それを避けなかった市にお吉は心を開いていく。
栄五郎が市の命を狙ったのは、あるやむない理由から。
この集落・芹ヶ沢は、藤八というゴロツキ率いる馬賊が支配しており、その逆らえない命令であった…。
市とヒロインの色恋は定番。しかし今回は特に印象深く。お吉役の安田道代(現・大楠道代)が可憐。
いつものやくざは憎々しいが、今回の馬賊は荒々しく。藤八役の山形勲が迫力たっぷりに。
脚本は新藤兼人! 映画は本作は一本だけだが、後のTVシリーズも手掛ける事に。
名脚本家でもあるので、ツボを抑えた娯楽劇。
が、舞台は四国で馬賊と闘う…と一見新味を加えているように感じるが、やっている事は同じ。
せっかく脚本に新藤兼人を迎えながら勿体ない…いや、ドラマ面で深みがあった。
クライマックスは勿論、藤八一味が攻めてくる。
集落の危機。闘える者は闘おうと…しない。
集落の主は、市一人にやって貰う魂胆。勝てばそれで良し。負ければ後から藤八とじっくり時間をかけて話合うだけ。ズル賢い。
孤立無援。市はたった一人で藤八一味と闘う。
いつもならクライマックスは、市の怒りが爆発して、ヒーローのような強さで悪党どもを斬る!
が、今回は多勢に無勢、弓矢で大苦戦…。いつになく疲労、傷付き…。
闘う前、市はお吉に話す。
市は集落主の魂胆を見抜いていた。
この集落は、ゴロツキのワルと“イイ顔”したズル賢い奴がせめぎ合っている。
それでも人を信じたい。
人は変われるか。
市の大博打。
人情にあふれた座頭市
vol.14らしい。 ・おー、田中邦衛だ、ちょっと何言ってっか分か...
傑作。深い。ダークナイトみたいな座頭市。
傑作。劇場版の座頭市ベスト5に、絶対入れたい(まだ全部観てないけど)
これまでの池広版座頭市はアクション全開。市が悪者を一網打尽にする。カメラが動く動く。そういう映画でした。「あばれ凧」では、まさかのホラーx時代劇をやってのけた。とにかく普通じゃない座頭市を撮るのが池広一夫。
本作もしかり。これまでの座頭市にはない、哲学的な座頭市となっていました。すごいとしか言いようがない。これまでのアクション演出、勝新太郎の一級品の殺陣に加えて、本作ではさらに、哲学的なテーマが融合され、非常に知的で社会的な映画になっている。
これまでの池広版座頭市が「技・体」だけのものであったと言うのであれば、本作で、正に「心・技・体」全てが揃ったと言っても過言ではないだろう。傑作だと思った。
・・・僕が、なんでここまで本作が好きになったかというと、本作は、正に「ダークナイト」で描かれていたテーマと、全く同じことを描いていたから。いやむしろダークナイトよりも優れているのでは?
座頭市のお約束(殺陣、ご飯、市とヒロインとの間のプラトニックな恋愛感情)を守りつつ、ダークナイト、仁義なき戦いを彷彿とさせる「社会的・哲学的」な要素があった。
「お前さん、死んで生きたんだよ」
クライマックスで言われるこの台詞に、全てが込められている。
テーマだけじゃなくて、敵の親玉が、すごく割腹の良い男に描かれているところなど、正に、ダークナイトのジョーカーだった。
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