「毒気マシマシのビリー・ワイルダー的喜劇」最高殊勲夫人 因果さんの映画レビュー(感想・評価)
毒気マシマシのビリー・ワイルダー的喜劇
軽妙洒脱でスピード感のある、日本版ビリー・ワイルダーといった趣のコメディ映画だった。政略結婚を回避しようと奔走する男女がかえって互いを好きになっていくという滑稽譚を基軸に、いくつもの愛憎模様がしのぎを削り合う。とはいえそれらがウジウジと尾を引くことはなく、むしろ一瞬で生起/消滅するので清々しい。
基本的に人間関係の雌雄が言霊バトルによって決するため、セリフの節々がナイフのように鋭く尖っている。中でも兄嫁が言い放った「キ◯ガイだけが成功するのよ」はとりわけ殺傷力が高かった。セリフの一つ一つが静かな水面に落ちる一滴の雫のような小津映画とは対照的に、ワーワーと絶え間なく乱れ舞うノイズの嵐の中で不意に燐光が生じる感じ。
とはいえ主人公の元・婚約相手であった女の扱いはさすがに少し酷い。旧弊的な婚姻制度に疑問を持っている彼女は、定職にも就かないで親の金であらゆるお稽古事を渡り歩いている。それだけでもけっこう酷いが、習字教室のシーン(巨大な筆を持ったジジイが奇声を上げながら字ですらない何かを紙の上に書き殴る)なんかはもう「自由な女性」に対する監督の個人的な悪意が滲み出てしまっている。
作品全体が俗気の強いブラックユーモアに包まれているので、真正面からのツッコミはそもそも野暮というものかもしれない。
しかし気になるのは小津や成瀬の小市民的家庭映画に慣れ親しんだ当時の人々が本作をどのように受容していたのかということだ。婚約相手の女がテレビ局のプロデューサーを電話でフるシーンなんかはあまりにテンポが速すぎてZ世代の私ですら驚いた。
言葉遣いとファッションだけテキトーにアップデートすれば「現代映画」として上映しても全く違和感がないと思う。