米のレビュー・感想・評価
全1件を表示
見るところに不足のない貴重な名画です
貧しさの中にもがいて生きる人間の哀しさ切なさを描き出して印象を残します。
希少宝石なみの記録価値がそこに加わります。
変質破壊されて幻でしかなくなった日本の農漁村の、その原風景美に限っても見どころたっぷりで、これほど見ごたえのある記録は他に例が思い当たりません。
しかもそこに維持され営まれたかつての生活の描写が正確緻密で、このゆえに風情にしみじみとした奥行きがあります。
「結末が悲しすぎる」「暗すぎる」「重苦しい」といった評も見られるが、少し違います。
安直な手心を加えず絶望的な現実を冷徹に描きとおしているからこそ、すべてが茶番で終ったり通俗に堕したりすることから逃れています。
それでなければ眉をしかめるだけかもしれない「不道徳」や「無軌道」に類する若者の遊びの中にさえ、切実真摯な叫びがしっかり聞きとれます。
悪ぶったしぐさや卑猥なひやかしがむしろいじらしく、胸にこたえます。これが作品に落ち着きと厚みを加えます。
地主を見ても同じです。地主と言えばお定まりのごうつくばりかよき守護者のどちらか一方、というお茶の間仕立てにはなっていません。
情けも計算も併せもつ社会の切なさを存分に凝縮して見せ、強さも弱さも等量にもつ血肉を時代の同類として応分に分け合って内容を豊かにしています。
ひとりひとりが準主人公と呼んで差し支えないほど、それぞれの苦しみ哀しみを両肩いっぱいに背負い、主題との関わりを濃厚に演じています。
この点、主役以外はおざなりの舞台小道具にすぎないいい加減な娯楽作品とは違います。
一方で、制作者の采配はあくまで冷徹で何の救いもないかというとそうでもない。
見落とせないのは、最後の場面での少年の一言。そこに作者の配慮が汲み取れます。
少年の口調には場にそぐわぬ明るさがないでしょうか。ホッと肩の力がゆるむものを私は感じ取ります。
悲しみに塗られた心の一部ではたぶん葬列を晴れがましいものと受け止めてでもいるのでしょうか。また正体の知れぬ理不尽と閉塞への少年らしい反発もあるかもしれません。
持って行き場の無い胸のおさまりの悪さが言葉となって噴き出たものが最後の一言ではないでしょうか。運命に怖じて萎縮しきることのないこの幼さこそが、主題の暗さを土壇場で裏切り、ホッと息つく明るさを灯してくれます。
蛇足ながら、頭で重なるのは長塚節の『土』の家族設定です。
『土』では娘おつぎのけなげな若々しさが読者の心の支えだが、それが『米』でも同じ。作品を通じて終始希望の源であり続ける娘のけなげさ若さだが、それでも1人で支え切るには荷が勝ちすぎる。
『土』の与吉にあたる弟少年の無知な若さが最後の場面でぎりぎりの支えとなり、そこから感じ取る姉弟の絆の強さが物語を逆にたどってしみいり、ためらいがちな明るさをあとから付け足してくれます。
2人はきっと助け合って見事に生きていく、そのなけなしの展望が残されます。制作者が用意してくれた貴重な救いであると私は見ます。
主人公級の1人である若者江原真二郎の演技にのみ中途半端な物足りなさを感じるが、それを例外とすれば、娘中村雅子以下全員、自然で胸におさまるいい演技です。完璧とは言いにくいも、このころの作品としては飛びぬけて優秀な部類だろうか。中でも江原真二郎の相棒役の若者木村功と地主役の山形勲が光り、作品の格調を押し上げています。
また上で例外とした若者役江原真二郎の演技の物足りなさも、肌で感じる好き嫌いを別にすれば、それこそが狙いどおりの好演なのかもしれない。つまり、覇気のない中途半端な色男ぶりが、生活に腰の定まらない中途半端な人生態度そのものです。
たしかにそうでしょう。彼がいかにも主人公然と力強く爽やかで凛々しくては青春ドラマになってしまう。娘心を惹く爽やかさも、甘っちょろいひ弱な爽やかさでなければならないはずです。
DVDパッケージの娘の顔が紙しばい絵がかってもひとつだが、本当はもっと可愛いです。今となってはこれも味わいの一つかもしれません。
全1件を表示