「「被爆の恐怖」「軍隊や武力の無力さ」「科学者の倫理」」ゴジラ(1954) jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
「被爆の恐怖」「軍隊や武力の無力さ」「科学者の倫理」
東宝マーク!
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重い足音
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独特のゴジラのフォント!
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咆哮
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黒バックに白い手描き文字によるオープニングクレジットが始まる
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咆哮
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音楽 伊福部昭の文字
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と同時にテーマ音楽が重なる
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監督 本多猪四郎
もうこれだけでこの映画は十分成功!
あとゴジラの造形も声もいいし。
唯一いただけないのは口から吐く熱線が白い煙みたいに弱々しいことぐらい。
1950年からの3年間に渡る朝鮮特需で国は好景気に沸きました。でも、戦後9年目、S29 (1954)本作公開時の日本の一般民衆はまだまだ貧しかったようです。画面に映し出される生活の様子や顔つきをみていると、みんなまだ戦争の暗い影を引きずっているかのように見えます。
大戸島に伝わる荒ぶる海神伝説「呉爾羅」。怒りを鎮めるために生贄として嫁入り前の娘を筏に乗せて海に流していたと古老が語ります。その後、伝説と神楽舞いだけが残されています。そんな民俗学的興味をそそるエピソードが語られた直後、大戸島にゴジラが上陸しますw。
打ち鳴らされる半鐘、手に手に得物を持って駆けつける島の住民たち。
山の向こうに顔を出すゴジラ。
その途端、踵を返して逃げ惑う島の住民たち。
人間の愚かさ、無力さを感じさせるシーンですが、やっぱり笑っちゃいます。
1954年にはわが国にとって大きな出来事が重なりました。
まず、第五福竜丸事件です。
1954年3月1日、アメリカがビキニ環礁で行った水爆実験により日本の遠洋マグロ漁船第五福竜丸が被爆するという事故が発生しました。目も口も開けられないほど多量の降灰に見舞われ、帰港までの2週間、船体や人体も十分に洗浄できないままの船上生活を強いられ、乗組員23名の全員が被爆しました。
もう一つは自衛隊の発足です。
米ソ冷戦の影響によりアメリカは日本への米軍駐留と日本の再軍備を求め、自衛隊が発足しました。
本作はそんな世の中の状況を色濃く反映しています。「被爆の恐怖」「軍隊や武力の無力さ」がテーマとなっています。武器にはフォーカスされますが、軍人にはフォーカスされません。そこが後年のゴジラより優れている点でもあります。後年のゴジラは残念ながら勇ましく戦う男たちやそれを支える女たちにフォーカスされるようになってしまいました。
本作の主人公は芹沢博士です。戦争で右目を失い、引きこもり、そのため美しい婚約者も失ってしまいました。さらに水爆にも匹敵するような恐るべき破壊兵器を発明してしまいます。自分の発明を兵器に転用すれば大儲けすることもできます。でもそうすれば多くの犠牲者を生み出すことにもなりかねません。
原爆や水爆を生み出した天才科学者たちとは異なり、彼は自分の発明の詳細を公表することなく闇に葬ってしまいます。科学者としての栄誉と倫理感を天秤にかけた場合、普通は栄誉を取るはずですが彼は違いました。本作にはもう一人、芹沢博士の師匠にも当たる山根博士が登場します。古生物学者である彼は貴重な研究材料であるゴジラを抹殺することに反対の立場です。本作は科学者たちに大きな問いかけを投げかけます。科学者は人類を不幸にする発明をしてもいいのか?人類の自己都合で自然界に介入してしまっていいのか?第3の本作のテーマは「科学者の倫理」でした。
その後日本が豊かになるとともに日本人も軽薄化していきます。ゴジラ映画も深刻なテーマを忘れ、すっかり子供だましに成り下がって行きます。「悲劇の科学者を主人公に!」なんて誰も言わなくなりました。本作は唯一の「大人の鑑賞に耐えうるゴジラ映画」だと思います。
「こんな戦後社会ならもう一度東京と国会議事堂を火の海にしたい!」という言葉に表すことのできない自己破壊衝動をみなさん心の奥に隠していたんではないでしょうか。