「三島由紀夫戯曲の映画化にある、俳優の彩と深作監督の映画的技巧の簡潔な面白さ」黒蜥蜴(1968) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
三島由紀夫戯曲の映画化にある、俳優の彩と深作監督の映画的技巧の簡潔な面白さ
今年は作家三島由紀夫氏の生誕100年にあたり、また1970年の11月25日に割腹自殺してから55年になり、今回この命日にBS放送されたことで鑑賞の機会を得ました。原作は日本の推理小説の先駆者江戸川乱歩(1894年~1965年)が1934年に発表した同名小説で、1961年に三島由紀夫が戯曲化し、翌年初演されたものを脚本家兼監督の成沢昌茂(1925年~2021年)がシナリオに落とし込んだもの。この成沢は若くして溝口健二に師事して、晩年の作品「噂の女」(1954年)「新・平家物語」(1955年)「赤線地帯」(1956年)で採用された経歴の持ち主です。共同脚本と演出がアクション映画やヤクザ映画始め幅広いジャンルを手掛けた名匠深作欣二監督(1930年~2003年)。個人的には趣味嗜好から最も縁遠い日本の映画監督の一人です。音楽は「飢餓海峡」などの冨田勲(1932年~2016年)と、優れた映画人が結集したスタッフメンバーと言えると思います。
探偵物としてのストーリーは分かり易く、謎解きの面白さは特にありません。令嬢岩瀬早苗に桜山葉子が身代わりになるところがピアノ演奏のテープで提示されていて、ミステリー好きには簡単かも知れません。ただ早苗の美貌と肢体に惚れ込んだ黒蜥蜴が気付かないのが不自然でした。明智小五郎が部下の松吉に変身しても黒蜥蜴は騙されます。この映画の良さは、三島由紀夫の創作した観念的な台詞の言葉の美しさが際立っていることです。小説の映画化ではなく、あくまで戯曲の映画化の面白さが独特の世界観を作り上げて、そこには深作監督と堂脇博によるカメラワークが色んなテクニックを駆使していて、映画の流れが停滞することがありません。舞台劇の緊張と、移動やズームやパンによるカメラの明確な視点が融合した演出タッチは、綿密に計算された成果と言えるでしょう。そして、女賊緑川夫人を演じる丸山明宏33歳の妖艶さとミステリアスな魅力が、黒蜥蜴のキャラクターを唯一無二にしています。オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』のオーブリー・ビアズリーの挿絵を生かした舞台セットが黒蜥蜴の存在感を補足する美術もいい。この黒蜥蜴と明智小五郎が女賊と探偵の敵対する立場でありながら引き寄せられるのは、似た者同士の価値観と美意識の波長が響き合うからでしょう。ミステリー小説や探偵映画ではよくあるパターンです。それでも二人が会話する時の台詞が洒落ているし、モノローグが重なり合いながら最後同じ心の声になるところは秀逸でした。相手役は三島由紀夫が舞台で推薦した天知茂(1931年~1985年)でなく、当時ベテラン俳優の域にいた木村功(1923年~1981年)です。この俳優の生真面目さが明智小五郎として活かされていると感じました。数少ない作品の印象でも、木村功の正攻法の演技から真摯な俳優と人間性を想像してしまいます。私的にはテレビドラマ「ザ・ガードマン」の俳優でインプットされた川津祐介(1935年~2022年)が、自殺願望から黒蜥蜴の奴隷になり、最後は桜山葉子と駆け落ちするという、この映画の中で最も謎で曖昧で分からない雨宮潤一を演じています。役回りとしては、けしていい役ではありませんでした。早苗と葉子の二役の松岡きっこ(1947年生まれ)は、黒蜥蜴が陶酔する日本的美人ではなく、この時代のスレンダーなモデル体型の可愛さがある21歳の初々しさ。登場時間が少なくも存在感があるのは、的場刑事の西村晃(1923年~1997年)です。木村功と同年齢と知って驚きました。更に異色の存在は、黒蜥蜴の手下で信頼厚いひなを演じた小林トシ子(1932年~2016年)で、蛇遣いの女スパイのキャラクターに瞳の色が変わる演出が面白い。「カルメン故郷に帰る」(1951年)の時の面影はなく、地味に女優を続けていたのが役に表れています。今回調べて「砂の女」の勅使河原宏監督のパートナーだったことを知りました。カメオ出演の丹波哲郎はそれ程印象に残らなく、やはり原作戯曲の三島由紀夫が裸体を晒した生人形の役が見せ場になっています。亡くなる2年前、43歳の三島の身体は30歳から始めたボディビルの筋肉を誇示しても違和感はありませんが、この自己顕示欲も含め作家三島由紀夫本来の姿なのでしょう。幅広い芸術分野に精通して、映画にも関心の高かった三島由紀夫の、どんなことでも面白がる好奇心は、凡人の想像力では追いつきません。
これらキャスティングの面白さ含め、映画としての完成度はけして優れているとは言い切れなくも、上質なお遊びを真面目に楽しむ戯曲映画化のユニークさには好感を持ちました。苦手な深作監督の演出にも今回は感心しました。
淀川長治さんが1956年、『金閣寺』執筆前の31歳の三島由紀夫氏にインタビューしたものがあります。映画のシナリオは自分が監督しない限り書きたくないと言い切っていました。実際1966年に『憂国』を映画化して、監督、脚本、製作、主演を果たしています。小説には不思議な感動を得ましたが、映画「憂国」は台詞が無いモノクロ映像の短編で、死と生、愛と性が渾然一体となった観念的映像作品で、どう評価してよいものか迷うものです。ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の音楽が効果的に使われていました。
31歳の三島由紀夫が好きな映画監督は、カザン、マンキウィッツ、ジョージ・スティーヴンスで、最も好きだったのはエルンスト・ルビッチと答えています。俳優では「フィラデルフィア物語」のキャサリン・ヘップバーンが特に良かったといい、笑われる覚悟でアン・ブライスが好きと正直に告白しています。「エデンの東」のジェームズ・ディーンの演技には、一言巧いと感心しながら、カザン監督の演出指導あっての演技力とみていました。驚くほど映画を観ている三島氏に、オリジナル・シナリオに手を付けないことを残念がる淀川さんでした。
