劇場公開日 2024年12月27日

「ホームコメディから異世界へ:濃密な映画体験」お引越し ノンタさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5ホームコメディから異世界へ:濃密な映画体験

2025年1月12日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

楽しい

興奮

 1993年公開のこの映画を今さらながら観て、未見だったことを強く後悔しました。ホームコメディを思わせるタイトルとポスターに油断していましたが、実際に体験したのは、それを大きく超える濃密な時間でした。
 映画が始まり、若い桜田淳子と中井貴一、そしてデビュー作の田畑智子がスクリーンに登場した瞬間、何か異世界に連れて行かれたような感覚を覚えました。

 物語は、心がすれ違い始めた夫婦と、その間で翻弄される小学6年生の娘の話です。桜田淳子演じる母と、中井貴一演じる父は、おそらく雇用機会均等法の直前に就職した世代でしょう。制度的には平等が進みつつも、女性が復職して活躍するには困難が多く、男性も深夜残業が当たり前で、家庭を顧みる余裕はほとんどない時代です。
 現代の若い世代には、この夫婦のすれ違いがピンとこないかもしれませんが、当時の社会的な背景を考えると、この葛藤は非常にリアルに感じられます。特に共働き夫婦にとって、仕事と家庭のバランスを取ることなど到底叶わない時代だったのです。

 すれ違う夫婦の仲を取り持とうと健気に行動するナズナ役の田畑智子。その抑えた演技は、相米慎二監督の指導もあるのでしょうが、素晴らしいの一言に尽きます。子どもらしい無邪気さを保ちながらも、親の不和に心を痛め、時に大人びた表情を見せるナズナの姿が印象的でした。

 映画が進むにつれ、物語はホームドラマの枠を超え、不思議で幻想的な領域へと踏み込みます。ここが圧巻です。相米慎二監督ならではの長回しと独特なカメラワークが、現実と非現実の境界を曖昧にし、観る者を濃密な空間に引き込みます。
 平成の時代ではあるものの、映画が持つ空気感はどこか昭和を思わせます。ケータイもパソコンもない時代の時間の流れを感じさせ、その豊かさを懐かしむ気持ちが湧き上がりました。もちろん、それは錯覚なのかもしれません。しかし、この錯覚を抱かせるほど、映画の描写はリアルであり、ノスタルジックなのです。

 ラストに向かうにつれ、夫婦、そして娘それぞれが自分の道を模索し、変化していく姿が描かれます。家族の物語でありながら、その先にある人生の普遍的なテーマに触れる深い映画でした。これからも多くの人に観てほしい作品です。

ノンタ