劇場公開日 1990年12月22日

「シンデレラエキスプレスと黄色い12本のバラ」男はつらいよ 寅次郎の休日 あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0シンデレラエキスプレスと黄色い12本のバラ

2021年8月25日
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鑑賞方法:DVD/BD、VOD

1990年12月公開

1990年の秋葉原が泉ちゃんの父の勤めているところとして登場します
この年の4月、一世を風靡したラオックスのザ・コンピュータ館がオープンしています
電気店街が、コンピューターの街に変わって空前の活況を示していた頃です
よく通ったものでした
ゲームやアニメのオタクの街になるのは、まだずっと先のことです
これもバブルの絶頂期だという説明だと思います

寅さんなんていつだって休日じゃないか
なんで「寅次郎の休日」なんだよ、と思ってしまいます

まあ確かに、一目惚れしてしまった泉の母礼子と二人でブルートレインで九州まで行きます
日田の派手な祇園祭りをみて、近くの天ヶ瀬温泉の旅館に泊まって、礼子からあなた♪とか呼ばれて、仲居さんから家族旅行だと思われたので話を合わせてしまってます

だからローマの休日をもじって日田の休日、転じて寅次郎の休日なのでしょう

日田は、第41作「寅次郎心の旅路」で寅さんがウィーンを聞き間違えていた湯布院からさらに鉄道で1時間ほど山に入ったところです
湯布院に昔博多から久留米市周りで、日田を通って行ったことがありますが、本当に遠いところです

冒頭の夢
前作の小野小町と深草の少将のくだりからの連想なのかさくら式部が武蔵の国は葛飾郡柴又の出だといいます

数年前の正倉院展で展示されていた古代の戸籍を思いだしました
活字のように小さな明瞭な美しい楷書で書かれていて、養老5(721)年の「下総国葛飾郡大嶋郷戸籍」に「孔王部刀良」と「孔王部佐久良賣」と横に掲示されている解説を参考にすれば、素人でも読めるものでした

さくら式部の姫姿の倍賞千恵子は仲間由紀恵にとても似ていてびっくりです

本作では泉ちゃんの方が、突然満男に会いにきます
スマホもガラケーも、ポケベルすらまだない時代ですが、手紙しとくとか電話しておくとかあったとはずです
彼女の、急に父に会いたくなったというのは口実です
本当は満男に突然会いたくなったのです
前作の満男のように、今度は自分が満男を驚かせたかったのです
それが父が会社を辞めて九州に引っ越していたことから、本当に父に会いに行く旅に変わっていったのです

「若い時っていうのはな、胸の中に炎が燃えている。そこに恋という一文字を放り込むんだ。パーッと燃え上がるぞう。水を掛けたって消えやしない」
ここからはじまる寅さんのアリアにその場の一同が目を輝かせて聞きほれるのは名シーンです

シンデレラエキスプレス
1985年のユーミンの歌、1987年JR東海のコマーシャルソング
東京駅、日曜日の21時ちょうど発、新大阪行き最終ひかり号
ホーム、車両のドアの前で別れを惜しむ男女の姿を歌った曲です
でも、その曲がでるずっと以前からそんな光景は有りました
まるで自分達の事を歌った曲だと思ったものです

劇中の満男と泉の二人の姿は正にそれです
最終の新大阪行きではなく、日中の博多行きですが、その姿はシンデレラエキスプレスの恋人達の姿です
ドアが閉まる瞬間飛び乗って、デッキで向かいあって見つめ合う二人の姿は、そのまま古い古い記憶を蘇らせるものでした
長距離恋愛を象徴しているものです
多くの人が同じ経験をしているはずです

当時はのぞみ号はまだありません、ひかり号が一番早い列車です
新幹線の品川駅はまだなく、新横浜駅に停まるひかりは1日に何本も無かったと記憶しています
満男が飛び乗ってしまうと名古屋までノンストップである確率は高いです

東京駅をでて、有楽町、まだ広大な空き地の汐留、浜松町の浜側の光景、今の品川駅の手前の空き地
それは座席からみえる角度ではなく、デッキで立っている二人から見える角度での光景なのです
脳裏でプレイバックされるものと同一の映像で、フラッシュバックして胸が震えてしまいました

寅さんの見てきたような講釈の「東京駅、ベルが鳴る…」のとおり、あのタカタカタカと甲高い発車ブザーは、別れたくないと感情を高ぶらせて、ためらう背中を押す力があるのです

そんな深く心に刻みつけられる経験をしたからこそ泉ちゃんは、日田での父を幸せそうだと思えるように変わっていたのです
もはや別れてくれと相手の女性に言うことはできなくなっていたのです

満男の行動が、彼女の心を変えたのです

寅さんが礼子のラウンジに残していった黄色いバラの花束

花言葉は「愛の告白」、12本に見えたそのバラの数の意味はプロポーズです
12本のバラには、それぞれ「感謝、誠実、幸福、信頼、希望、愛情、情熱、真実、尊敬、栄光、努力、永遠」の意味が込められており、この全てを貴女に誓うという「ダズンローズ」というものだそうです

お正月、泉ちゃんがまたも突然満男の家にきています
2年連続です
満男を驚かせて喜ぶ顔が見たかったに違いありません

ラストシーンは、いつも通り初詣の客相手に商売する寅さんです
ロケ地を調べてみると、日田の亀都起神社だそうです

日田での良い思い出を、反芻したくて正月の商売を日田に思い定めて来たに違いありません
これこそ「寅次郎の休日」だったのです

しかしコロナ禍は残酷です
遠距離恋愛のカップルも、会いに行くこともできません
寅さんが商売の旅にもでれないのです

あき240