劇場公開日 1982年8月7日

「辛抱強い大人の儚い恋」男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋 近大さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5辛抱強い大人の儚い恋

2019年7月20日
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鑑賞方法:DVD/BD

悲しい

楽しい

幸せ

シリーズ29作目。

昔々。貧しくも不平不満を言わず暮らす家族。
ある時旅の老人を泊め、その老人はお礼にと、襖に雀の画を描く。すると翌朝、画の雀が生きて動き…。
それから後、この家は“雀のお宿”と有名に。

いつもなら序盤、柴又に帰って騒動起こす寅さんだが、今回は帰らず絵ハガキを送り、旅の空。
信州から京都へ。
下駄の鼻緒が切れた老人を助ける。こういう時の寅さんはさらりと粋な優しさ。
以前も何度かあったパターン。寅さんは孤独な爺さんと勝手に思い込むが、実は…。今回も然り。
人間国宝の陶芸家の大先生。
すっかり寅さんの事が気に入り、屋敷に招く。ご馳走に。
翌朝起きて出会ったのが…、

先生の屋敷で女中として働くかがり。
今回のマドンナ。演じるは、いしだあゆみ。
控え目で、何処か幸薄そうな雰囲気滲ませる美人。

夫に先立たれ、丹後の実家の母に娘を預けているというかがり。
有名になった先生の弟子と恋仲だったが、別の女性と結婚する事に。
身を引くかがり。
いつも相手の顔色を窺い、自分の気持ちを正直に表さないかがりをを叱る先生。
失恋と傷心を抱え、かがりは実家に帰る。
それを知った寅さんも風に吹かれるかのように、丹後へ。

再会。
ひとまず元気なかがりに安心するが、わざわざ心配して訪ねて来てくれた事に心満たされたのは、かがりの方。
貞淑なかがりの中で、何かが燃え始める。内に秘めた恋の情熱が。
寅さんもかがりにホの字だが、それ以上にかがりが寅さんに惚れて惚れて惚れ抜いて惚れ込む。
マドンナの方から激しく惚れられる、シリーズ異例の展開。
それを思わせるシーンが幾つか。
かがりの実家に一泊する事になった寅さん。かがりの母は外出、娘は就寝。静かな夜、男と女二人きり…。
寅さんにお酌し、自分も呑み、足を崩すように座るかがり。
早々と寝床に入った寅さん。そこへ入って来るかがり。
何事も無かったが、シリーズでは珍しいドキリとさせるシーン。
翌朝。お互いの不甲斐無さか、抱いた感情の気まずさか、何処か余所余所しい二人。
そのまま、寅さんは丹後を去る…。

柴又に帰って来て、恋煩いで寝込む寅さん。(この時寅さんが満男に恋の苦しみを訴え、満男はそれを気味悪がり、「恋なんて絶対しない」と言うが、満男も寅さんの血を引いている事はシリーズ晩年の本筋に)
そこへ、かがりが友人と訪ねて来る。
友人と柴又観光らしいが、本当の目的は…。こっそり寅さんに手紙を渡す。
今度の日曜、鎌倉でデートの誘い。
狼狽しまくる寅さん。鎌倉の方角へふらふら歩いて行ったり、まだ2時間しか経ってないのにもう(日)になったか?…などなどなど。
そしてデートの日。鎌倉のあじさい寺で待ち合わせ。
しかし寅さんは一人ではなかった。甥の満男を連れて。
不甲斐無い、ぎこちない、儚い恋の行方は…。

ゲスト出演者では、
陶芸の大先生の役で、歌舞伎役者の十三代目片岡仁左衛門の佇まいと存在感が素晴らしい。山田監督も感嘆したとか。
修行中の弟子役で、若き柄本明がコメディ・リリーフ。
序盤帰って来なかったり、その序盤の騒動が中盤以降だったり、寅さんがマドンナに惚れ抜かれたりと、いつもとは違う展開が何だかちと新鮮。
これも定番だから出来る面白味。

お互い、惚れ合っている。
でも、内に秘めた激しい想いとは裏腹に、一歩踏み出せない。
甲斐性ナシと言うなら言えばいい。日本人ならではの奥ゆかしさ。
ほんのひと時、切なく散った。あじさいの花のように。
シリーズでも屈指の、しっとりとした大人の恋の名篇。

見終わってから調べたあじさいの花言葉。
種類や色によって異なり、中にはヒヤリとさせるものもあるが、
青色あじさいの花言葉が最もしっくり来る。

近大