劇場公開日 1952年6月12日

「苦労を重ねながら堅実に生きる、そんな日本のおかあさんの実像を描く成瀬演出の確かさと美しさ」おかあさん(1952) Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0苦労を重ねながら堅実に生きる、そんな日本のおかあさんの実像を描く成瀬演出の確かさと美しさ

2021年11月19日
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鑑賞方法:映画館

日本映画に男尊女卑の風習に対する批判の作品が多いのは、弱きものを助ける大衆芸術の証しだと思うが、特に苦労ばかりの薄幸の母親を主人公にするところに、日本人特有の人情と性格が表れている。だが、昭和30年代に作られた“母もの映画”は、そのどれもが涙の押し付けで安易なホームドラマに終わるものが少なくない。そんな中で、この成瀬作品は凛とした映画の姿を持っている。主人公の女性は、夫を始め肉親を失い稼業のクルーニング屋を引き継ぎ苦労を重ねながらも、母として女性として、しっかりと生きて行く。成瀬監督は、その生きる逞しさを誇張せず、極自然な日本人のおかあさんの実像として描いている。そこが何とも美しく、主演田中絹代の淑やかで芯のある演技が素晴らしかった。
物語は長女年子のナレーションによって大筋の説明がなされる。これもこの映画を地味ながらほの温かくさせた要因である。香川京子の演技と声の、清らかな優しさがいい。時代を窺わせる家族や親族の事情を抱えた設定でも、どれもが生きることに真摯に向き合っている姿を反映させていて、エピソードの一つ一つが印象的なのだ。年子が近所の人の良い青年と相思相愛の仲になり、一緒にピクニックに行くプラトニックな描写など微笑ましい。次女久子が子供のいない親族の家に養女として貰われるが、別れの時に母の似顔絵を持っていくところも、いい場面だ。母親の愛情が同居している従弟に偏るのに久子が嫉妬する些細な描写にも、細やかな演出が施されている。その従弟が久子と離れ離れになると知って、急に優しくなるところもある。子供心の機微を丁寧に描写した脚本の上手さが光る。また理容試験の為に年子が花嫁衣裳を着付ける場面では、偶然にも恋人の青年が見てしまい、早合点して慌てるところの可笑しさもある。成瀬映画をまだ僅かしか観ていないが、こんなユーモアの演出にも手堅いタッチを見せて興味深かった。その後の母子の見つめ合って視線が合うショットがいい。ここに映画だけの表現の雄弁さがある。

ホームドラマは、ありふれた日常生活の物語ゆえの凡庸さに落ち着く難しさがある。しかし、この映画の成瀬監督は、そんな平凡な生活の中にも、人間の微妙に変化する表情を的確に細やかに捉えていて瞠目させるものがある。そして、田中絹代と香川京子の共演が絶妙に溶け込んでいた。日本映画のホームドラマで数少ない秀作の成瀬作品であると思う。

  1979年 9月11日  フィルムセンター

Gustav