「戦わない軍隊(王立宇宙軍)は人類にとって意味がある」王立宇宙軍 オネアミスの翼 eigazukiさんの映画レビュー(感想・評価)
戦わない軍隊(王立宇宙軍)は人類にとって意味がある
大国間の戦争に巻き込まれた戦わない軍隊(王立宇宙軍)が有人宇宙ロケットを打ち上げようとする話。ロケットという道具は通常は敵に向けて飛ばすための兵器であり誰もいない宇宙空間に飛ばすという無意味な行為が実は人類にとって有益であるということをこの映画は言う。つまり戦わない軍隊の王立宇宙軍は人類にとって重要な意味があるのである。
点数2.0。お勧めしません。淡々と話が進み面白くない。ロケット打ち上げの場面は実際の映像をテレビで何回も見たことがあるので感動しない。勝ち負けがはっきりせずカタルシスが得られない。
この映画の良い所は戦車や戦闘機やロケットなどのメカが数多く登場すること。衣装や小道具などの架空の文明のデザインや設定が作りこまれて凝っていること。
この映画の悪い所は文明やメカのデザイン以外のすべて。ストーリーが盛り上がりがない。恋愛描写が中途半端。キャラクターの魅力がない。何事にもやる気のなかった主人公がラストでいきなりシャア・アズナブルみたいに人類に対して演説を始めるのはおかしい。主人公の中身が入れ替わったみたいでおかしい。信心深くない主人公が宇宙船の中で宗教のお祈りを始めるのも奇妙である。ヒロインの描かれ方や主人公のおかしな行動やラストの人類の歴史の映像の挿入などからこの映画は科学技術の皮を被った宗教映画だと私は思った。宇宙空間の神秘的な光景と宗教的映像を交互に入れてモンタージュしながら科学の成果を宗教のものにしようとしているかの様だった。
戦わない軍隊は人類にとって意味がある:
(武器を持っていないので)戦わない軍隊の王立宇宙軍はラストで意地を見せるのだがこのラストには映画のメッセージが込められている。隣の大国が突然攻めてきてロケット発射場を占領しようとするが有人ロケット発射を継続する。ロケット発射を継続するかで仲間内で意見が分かれる。「ロケットを打ち上げることに何の意味があるのか(何の意味もない)」と劇中で仲間に言われるのだが主人公は「せっかくここまでやって作り上げてきたのに無駄にしてはいけない。」と反論する。王立宇宙軍は人類にとって平和を示すという意味があるとこの映画は言っていると思う。
視聴:液晶テレビ(有料配信アニメタイムズや地上波) 初視聴日:何十年も前なので忘れた 視聴回数:2~3回 視聴人員:1 (全部一人で見た)
追記:
本作「オネアミスの翼(1987年)」の公開当時の日本は宇宙開発への関心が高まっていた。1990年4月に北九州に宇宙のテーマパーク「スペースワールド」が開園した。同じ年の1990年12月には日本人初の宇宙飛行士がロシアのロケットで宇宙に行った。私は1995年ごろスペースワールドへ行ったことがあるが園内には大きなスペースシャトルのレプリカが飾られスペースシャトル内部のレプリカも別に再現されていた。それ以外はふつうの大きな遊園地だった。
追記2:
ロケット技術は現代の国家防衛においてはなくてはならない技術である。コンピューター制御のドローン技術の進歩によりロケット兵器などの飛び道具は何百キロも離れた標的を正確に狙えるようになった。迎撃用のロケット技術も進歩が著しい。いまやロケット技術は戦争の主役である。宇宙を制する者は地球を制するといっても過言ではない。この作品は戦車や戦闘機からロケット兵器へと移った現代の戦争の主役の移り変わりを表現しようとしていたのかもしれない。
追記3:
ロケットとは:燃料を燃焼させて発生する高温高圧のガスを後ろに噴射することで、その反動で前進する乗り物です。(AI回答より)燃料を燃焼させるには酸化剤と呼ばれるサブ燃料が必要になる。つまり燃料と酸化剤の2つを積まないとロケットは進まないのである。ロケットエンジンは酸化剤の必要ないジェットエンジンとは異なる仕組みである。