「どうかしててもいい一時の夏」異人たちとの夏 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
どうかしててもいい一時の夏
大林宣彦監督1988年の作品。
尾道3部作や青春人気作と並んで、名篇の一本。
妻子と別れ、マンションで一人暮らしのシナリオライターの原田。仕事で自分の要求が通らず、不満が募る日々。それ故、同じマンションに住む魅力的な女性・桂(ケイ)からの誘いも冷たく断ってしまう。
そんなある日、ふと下車した幼い頃住んでいた浅草。そこで、信じられない出会いをする。原田が12歳の時に事故死した両親と再会する…。
日常の中から突然、非日常へ足を踏み入れる…。
これぞ映画の醍醐味の一つ!
大林作品の中では『さびしんぼう』でも若い頃の両親と会う話があったが、こちらはより身に染みる。
亡き両親、人生に疲れた主人公、浅草・下町の情景…。
それらが堪らなく風情を煽る。
大林ノスタルジックの一つの到達点と言っても過言ではない。
父親と酒を飲み交わす。父親とキャッチボール。
母親にこぼした料理を拭いて貰う。母親手作りのアイスを食べる。
両親に誉めて貰う。3人で夕食。3人で花札で遊ぶ…。
原田が一人で生きてきた歳月は、両親と過ごした歳月より長い。
しっかりと一人で逞しく生きてきたつもりだが、いざ両親と再会したら…。
全てが嬉しい。全てが懐かしい。
まるで、子供のように。子供の頃に戻ったかのように。
何度も何度も訪ねる。
いつもいつも笑顔で迎え入れてくれる両親。
「また来いよ!」「またいらっしゃい!」
ユニークなのは、両親の描写。
大抵だと大人になった我が子に気付かないのが相場だが、こちらは大人になった我が子をそのままの姿で受け入れる。
タイムスリップ…ではない。浅草下町の風景など(当時の)今のまま。
となると考えられるのは…
思わぬ出来事がもう一つ。同じマンションに住むケイと恋仲に。
突然訪れた、幸せと充実。
が、その時からだった。原田の身体に異変が。
次第に衰弱していく。鏡に映った自分のその姿…!
一体、何が起きているのか…!?
風間杜夫も熱演しているが、周りの面々。
片岡鶴太郎の昭和親父のハマり具合! 減量もしたという役者魂!
秋吉久美子の艶っぽさ! あんな風に顔を近付けられたら、親子とは言えドキドキしてしまう~!
何処か薄幸な雰囲気の名取裕子演じるケイ。風間杜夫との大胆なベッドシーンもさることながら、クライマックスの大インパクト!
一応友人のようではあるが、仕事上では度々意見が食い違い、そして原田の妻子との結婚を考えている永島敏行演じる間宮。最初は何だかちと嫌な奴だが、でも見ている内に…。
毎度の事ながら、ワンシーンにビッグネームが登場するのも大林作品のお楽しみ。怪獣映画ファンとしては本作も。本多猪四郎監督の“常連”特別出演。
夏(お盆)という季節設定。3人でアイスを食べるシーンで、線香のようにスプーンをアイスに立て差し。
見てると次第に分かるし、これらからも分かるように、両親は幽霊。
でも、それでも構わない。また両親に会えるのならば。
私も結構早めに両親を亡くした。特に父親とは、成人になる寸前で死別したので、あんな風に酒を飲み交わす事が出来なかった。私自身も残念だが、父親も残念だった事だろう。
もし、また両親に会えるのなら…。
原田の場合、先述した通り、両親と過ごした歳月より一人で生きた歳月の方が長い。だからこそ、殊更浸っていたい。母親手作りのアイスは甘さ控え目だが、この一時はとても甘い。
何と引き換えにしても、この一時を。例え、自分の身体が衰弱していっても。
が、両親が我が子の生気を奪うような鬼畜の所業をするだろうか…?
いや、それでもいいのだ。生者が死者と再会するなんて、奇跡どころではない。我が身を捧げてでも。
それほどの事なのだ。
ケイが原田を心配する。
原田もこのまま入り浸っていたらいけない事は充分承知。例え短い間だけでも、夢のような一時を過ごせた。
それは両親も同じだった。
生者と死者を繋ぐお盆。それは、夏の終わりのほんの一時。
料亭ですき焼きを食べながらの別れのシーン。
素直になれない本心を隠しながら、悲しくも嬉しかった思いを吐露しながら。
両親が次第に消えていく。
「ありがとうございます」
幼い頃に両親と死別しても心からの感謝の言葉が、涙を誘う。
これで原田の身体も戻る筈…だった。
衰弱は止まらない。
何故…?
実は、もう一人…。
プッチーニの音楽に乗せて繰り広げられる展開と彼女の形相が、圧巻!
郷愁誘う感動ヒューマン・ファンタジーかと思いきや、
ラストはちょっぴりのホラー。
ノスタルジックと怪談。
夏になると怖い話が見たくなる。
生者と死者が再会するお盆。
どうかしていると思われてもいい。いや、寧ろ、何が起きても不思議じゃない。
日本だからこその夏とお盆にぴったり。
大林監督が我々皆に届ける、一時の夏。
そんな夏も、今年も終わった。
「異人たち」を見たので、こちらの方の感想を見たくなり、久しぶりに読ませていただきました。
読んだだけで、懐かしい思いでいっぱいになりました。
もう一度見たいなあと思いつつ、なかなか見るチャンスに恵まれません。今回、「異人たち」の上映があることに引っかけて、どこかで上映してくださらないでしょうかね。