「名作掘り起し」有りがたうさん odeonzaさんの映画レビュー(感想・評価)
名作掘り起し
清水宏監督は小津安二郎や溝口健二、黒澤明など名だたる仲間、監督たちが高評価、リスペクトする玄人受けの高い監督さんだそうです。そうまで言われたら見ないわけにはいきませんね。
本作は伊豆の山道を走る乗り合いバスのロードムービーです。主人公は誰にでも親切で慕われる運転手、道を空けてもらう度に通行人や家畜にまで”ありがとうさん”と声掛けすることから通称「ありがとうさん」と呼ばれます、褒められると「街道稼業の仁義でさぁー」と照れ隠し、後に美男俳優の代表格となる上原謙さんが演じています。
74分の路線バスの旅が退屈しないのは清水監督によるエピソードの追加、心情を巧みにとらえる人物描写、演出のうまさでしょう。
様々な境遇の乗客、身売りに出される娘と母に象徴される世相の暗さ、「もう8人の娘を見送っている、こんな辛い思いをするなら霊柩車の運転手になった方がましだった・・」とありがとさんの本音が漏れてしまいます。朝鮮統治の時代、出稼ぎの朝鮮労働者の娘が工事で死んだ父の墓守をありがとさんに託します。様々な重いテーマをお涙頂戴にせず聞き役に徹しながらもささやかな励ましにつなげてゆく演出の上手さが光ります。個人的には温泉地を渡り歩く酌婦役の桑野通子さんが光ってますね、運転手の後ろに座って本音でグサリの狂言回し、色っぽさも、気風の良さもぴかいちです。原作では娘との一夜の契りをありがとさんに持ちかける母のくだりがありますが清水監督の感性が許さなかったのでしょう、酌婦のお節介な一言で少女の運命が変わったように思えます。
全編オールロケでありながら乗客視点でのカットバックやバックミラー越しのショットなど制約を感じさせないカメラワークが上手です。トーキーのはしりだからでしょうか訥々としゃべるの母娘セリフなど棒読み感がありました。蛇足ですが母役の二葉かほるさんがアングルによって樹木希林さんに見えて驚きました。