劇場公開日 1983年2月19日

「聖と、生と、性と  ”女性”という存在」天城越え とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5聖と、生と、性と  ”女性”という存在

2021年9月13日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

萌える

下ネタ満載。
なぜ、おもらしの描写が必要なのか、ずっと考えている。
(原作未読)

峠を越える。少年、商人・流れ土工・足抜けの娼婦。峠の茶屋。
そして事件が起こる。
 松本清張氏原作の映画化だから、推理がメインかと思う。
 けれど、映画では、後半「実は…」という展開にもなり、ある意味『刑事コロンボ』をほうふつとさせる展開ではあるが、”謎解き”よりも、少年と娼婦の心の動きの方が心に残る。

イニシエーションの話かと思っていた。

 映画でも引き合いに出されるが、川端康成氏の『伊豆の踊子』がベースとしてある。が、こちらは、初めは淡い初恋の物語ではあるが、そこに納まりきらず、生きていくって、こういう事だというところに落とし込む。
 安全で守られていた場所から、あることをきっかけにして、家出する少年。雄々しく一人で歩いていこうとするが、途中であった人々に依存(道連れ)しようとしてお金を使っては、見捨てられるという、世間の厳しさを味わう。
 山道。今のハイキングとは比べ物にならぬ危険な道。今のように装備された道でさえ度々報じられる遭難。そんな装備のない道なら。方位磁石の代わりの星は輝いていたとはいえ、光もマッチの火・松明・焚火くらいしかの明るさ。野犬に食い殺される可能性も大いにある。
 どうしようかと思ったとき、少年は天女に出会う。この時、天女が目指す先が先の商人たちと同じように、少年の目指す場所と違っていってもついていったのではないか、なんて思ってしまう。それほど、心細かったから誰かと一緒にいたかったし、天女を守る気もあったのだろうか。
 だが、ここでも少年は裏切られる(見捨てられる)。「ちょっと、用事ができたから、先に行ってて」。
 そして…。

 そんな少年と道連れになる娼婦を、田中さんが演じる。映画も半分近くとなっての、満を持しての登場。最初の場面は天女かと思うくらいだ。お召しになっているものは木綿の着物で、白塗りと言い、赤い口紅と言い、見るからに、”娼婦”。足元、ヒップ、そして顔というカメラ目線も、エロおやじ目線なのだが、顔が映ったとたんに天女になってしまう。
 それが、少年が後からついてくるのを察した時から、この天女と幼女と姉御:少年の憧れの具現化と、同時に少年を罠に絡めた蜘蛛のような表情が混じりこむ。そして、土工を見つけた時の表情。生き延びるための強かさ。獲物を見つけた狐が舌なめずりをしたような表情。実際には全財産を巻き上げて絞りとるつもりはないことは後の土工と娼婦のやり取りでわかるのだが、すべてを吸い尽くされそうだ。
 田中さんのすごいところは、この、相対するもの、聖と欲望、人を救い愛おしむものと、人を利用し死に至らしめるものが、同時に存在するところだ。別キャラや別の場面として演じ分けられる人はたくさんいる。だが、同じ場面で、ちょっとしたコミュニケーションの駆け引きの中で、そのすべてを感じさせてくれる女優となると他にいらっしゃるのだろうか。

こんな存在と出会ってしまった少年。
母との関係。目撃。幻想・理想。聖なる部分と性なる部分。そして…。
少年は、それまでの少年のままではいられなかった。

映画は、少年だけでなく、刑事の職業人としてのイニシエーションも描きこむ。

刑事になりたての男にとっても、生涯囚われてしまう事件となった。
事件解決に憧れ、”正義”を振りかざすだけの職業人のままではではいられなくなった。

 そんな映画の中で多用される、汗、下ネタ、雨、川、ワサビ田、氷室…。

  おもらしの部分は必要だったのか?
 田中さんの気合は見て取れるけれど、演出としての必然性は感じられない。取り調べのキツサを表現するのなら他の方法だってあるはずだ。渡瀬氏、山谷氏、田中さんが演じるんだもの。監督のキワモノ趣味かいじめにしか見えない。
 他の下痢をはじめとする下ネタエピソードも、まだ必然があるにしろ、多すぎる。

 聖と、生と、性に関するものを散りばめて、”生きている”ということを紡いだつもりなのだろうか?
 浄化する水。人里離れた自然豊かな美しい土地での、殺人事件という”死”を扱う物語。
だが、”生”の臭いがこれでもかと立ち込めている。

生きるとは、きれいなものだけでは存在しない。
眼を背けたい・さらしたくないものとともにあるものなのだと。

そして、
少年は人生に何を抱え、最期に何を思うのか。
刑事は職業人として何を抱え、最後に何を思うのか。
映画では言語化はない。二人の表情で推し量るのみ。

☆ ☆ ☆

 Wikiによると、田中さんと監督はあまり反りが合わなかったらしい。だからか、田中さんの出演されている場面は、なんとなく緊張感が出ている。少年とハナの前半の道行きさえも。ハナにとっては、足抜け道中なのだから当然だとは思うが。

 伊藤君もいい。田中さんや吉行さん、小倉氏の演技を、素直に受け止める表情に、自分の思春期を投影してしまう。どうして役者は続けなかったのだろうか。

役者に関しては、田中さん、伊藤君だけでなく、周りを手堅い方々がきちっと支えてくれ、手放しで評価したい。

天城の風景もとてもきれい。

反面、
場面が「公園?」等、アスファルト・コンクリートっぽいものが映っているところがあって、もう少し心配りができなかったのかと悔やまれる。
老年期の田島のファッションや動き方もコントの領域。座した渡瀬氏がいい演技をなさってくださっているだけに、一番悔やまれる。

演出には不満がありつつも、役者・映像・音楽、それだけでも必見です。
(演出に-0.5)

とみいじょん