「見つめる猫の瞳」ミリキタニの猫 Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
見つめる猫の瞳
ミリキタニ・・・何やら独特な響きを持つこの言葉が不思議と耳に残る。ミリキタニ・・・漢字で書くと、三力谷・・・。そう、これは日本の苗字。本作は日系のホームレス画家、ジミー・ツトム・ミリキタニの80年の生涯を追うドキュメンタリーだ。ミリキタニの描く猫は愛らしい。体を丸め、大きな瞳でこっちを見ている。だがその愛らしい瞳に映るのは、ミリキタニが過ごしてきた辛く悲しい戦争の体験なのだ。ドキュメンタリー作家のハッテンドーフ監督が路上で絵を描くミリキタニに出会ったのは、折しも9.11の直前の夏。彼に興味を持ち、彼の動向を追ううちに起った悲惨なテロ事件。その朝もミリキタニは路上で猫を描いていた。惨状を前にしても「世の中にはもっと恐ろしいことがある」と冷静でいる老人を、彼女は自宅に招き入れる。若い独身女性が、いくら老人とはいえ、見ず知らずの男性を一人暮らしの家に入れるにはそうとうの覚悟があったはず。彼女にそこまでさせたこの日系ホームレスには、いったいどんな人生があったのだろうか?幼いころ広島で生活したことのある彼は、原爆で思い出を全て失った。その上、アメリカ国籍を持っているにもかかわらず、敵国民として強制収容所に入れられた。彼はそこで絵を描きながら、世の中の理不尽を実感する。彼が描く猫の瞳は、収容所で彼に猫の絵をせがんだ少年の瞳。少年は収容所で病死したのだ。アメリカという国にすっかり失望した彼は、自ら市民権を放棄した。老体に鞭うちながら路上生活をするのは反骨精神の現れだ。彼が願うのは差別や憎しみのない真の平和な社会だ。彼の描く猫は、おびえたように体を丸め、大きな瞳を見開いている。平和な社会が訪れないかぎり、安心して瞳を閉じ、無防備に体を伸ばして眠ることはできない・・・。