「刺さる人には刺さる。ロマコメではない。」私がクマにキレた理由(わけ) alalaさんの映画レビュー(感想・評価)
刺さる人には刺さる。ロマコメではない。
むしろ何で売れなかったのかわからんのだけど、もしやジャケ写やポスターがロマコメっぽいせいで、本来こういう作品を見るはずだった層を逃したのでは…?
宣伝動画もちらっと見たけど、そちらも何故かロマコメっぽい編集で、正直自分も鑑賞前は「また恋愛か…」と消極的な気持ちだったんですが、「スカーレット・ヨハンソン作品を遡って見てみよう週間」を(心の中で)開催していた時にGyao!で無料配信されていたので、つまらなかったら途中退場しようと軽い気持ちで見ました。結果、今めちゃくちゃお気に入り。
原題は"The Nanny Diaries"(子守の日記)。
以前もスカーレット・ヨハンソン週間を(心の中で)開催していた時、Gyao!でちょうど『それでも恋するバルセロナ(恋愛)』と『タロットカード殺人事件(ミステリー)』を配信しており、無料だしと両方見てみたんですが、どちらも同じ監督にも関わらず恋愛ものの方はもうつまんなくてつまんなくて。必死に我慢しましたが、バルセロナに着く前に白旗。
スカーレット主演でも恋愛ものだとこんなに見ていられないのか…と愕然とし、本作も躊躇していたのですが、序盤で「おっこれは…」と思い鑑賞。
これは…恋愛じゃねえぞ!!!!!<●><●>カッ!!!!
あらすじ:
主人公のアニーは人類学を学ぶ大学生。卒業を前に将来のことを母と話すアニーだったが、人類学者になる夢を持つアニーに対し、母親は優秀な娘には一流になれ、自分で稼げば夫に隷属することなく自分で自分の人生を選択できると説得する。学者なんて生活していけないと言われ自信をなくしたアニーは、結局一流企業の面接に行くが、「貴方はどんな人?」という簡単なはずの質問に答えることができず、ショックで逃げ帰る。帰り道、事故に巻き込まれそうになった少年グレイヤーを助けたことで、その母親ミセスXから子守を頼まれ、将来の道を決めるまでのバイトにと軽い気持ちで子守を引き受ける。ところが金持ちで成功者、完璧なはずの超一流家庭にいたのは、愛情もなく非常識で最低の家族だった。家庭の問題を理解していくにつれ、徐々にグレイヤーやミセスXに情を移していくアニーは…
2007年の作品なんですが、いやぁ、内容が凄いよ…(語彙力どうした?)
もちろん今もう2022年ですから、もう現実の子守の実情もそこそこ変わったとは思います。でも、子守がどうとか関係なく、大事なのはアニーの精神が等身大の我々の象徴として描かれていること。コメディテイストではありますが、アニーはただの空想のキャラクターではなくリアルな「私」であり、「『自分』ってなに?」「『生きる』ってなに?」という疑問を考えることすらしなくなる、大人になる直前のリアルな不安や苦悩を見事に描いている。
ほとんどの人が一度は考えるような、日常の小さなこと、当たり前すぎて失っても気付かないようなこと、でも失ったことに気付いたらショックで打ちのめされるようなこと…が本作の中で小さな鍵として随所に散らばっています。
まず、アニーは母子家庭で、恐らく夫が育児を理由に、妻に夢を追うことをやめるよう強要したであろう母親の話から始まります。そして、夢を奪われた母親が、今度は娘の夢を奪おうとします。こちらは「自分と違い優秀な娘にお金に困らない安定した生活を」という親心ですが、アニーの夢は学者になること。とはいえぼんやり思い描いている程度のもので、自信のないアニーは結局母に従い「一流」になる一歩を踏み出します。
そして、面接で投げかけられた「貴方はどんな人?」という質問。人類学者になるとハッキリ決断していれば、恐らくアニーはすぐ答えられたのでしょう。でも、周りに反対され、あるいは期待されない環境で、自分の望みに向かって真っすぐ進める人間がどれくらいいるでしょうか。それ以前に、大人になる前に自分の望みを見つけられる人がどれだけいるのでしょう。
親からは一流企業で稼ぐことを押し付けられ、自分にはその能力がある。でも本当は大学院に進学して研究者になりたい。でも片親でお金がないし、反対されているし、大学院には行けても先があるかはわからない。押し付けられた道の方が、未来が見えている。
親の期待に応えるため、あるいは社会通念上それが普通だから。他人の価値観で道を選んだアニーは自分を見失い、「貴方はどんな人?」の質問に、何も答えられない。
家を出た直後のアニーのはしゃぎっぷりを見れば、どれだけ抑圧されていたかがわかります。もちろんアニーは母の気持ちも理解しているからこそ、深く悩む。やはり子供は若いうちに親元を離れるべきなんだろうなとしみじみ。機を逃すとそのままズルズルとなってしまう家庭が多いようで、日本でもこの辺は変わらないな。
美術的な観点から見ても、作中でグレイヤーと連れ立って行く自然史博物館の展示物と全く同じように、作中に出てくる人物紹介が展示風に出てくるのが面白い。
また、アニーが公園で女性達に次々と名刺を渡されるシーンも、一瞬なのに皆よくよく見たら服がおしゃれ。これのためにお勧めとは流石に言わないが、ファッションに関心のある人にはちょいちょい楽しめるかも(もう流行りではないだろうけど、出てくるのは割とコンサバスタイルばかり)。
赤い傘の演出なんかも、メリー・ポピンズを意識したのか、なかなかおしゃれ。
本作は『ティファニーで子育てを』というベストセラー小説が原作ですが、ストーリーだけでなく、映像的にもセンスが光ってます。でも人気なかったのか、本作の監督や撮影担当はWikiページすらない…残念すぎる。もう監督やってないのかな。
コメディを装いつつ結構シビアな内容で凄く良かったのに。何かがもう少しズレていたら、ウディ・アレン監督の成功作品みたいになりそうな雰囲気も感じました。
本作では、ミセスX(ラストで急に名前出てくるけど)とか、ハーバードのイケメン(ラストで急に名前出てくるけど)とか、よく出てくる人達が全員名なし。アニーが金持ち家族やその周辺達の「観察者」でいるために、わざとそうしている。
友人のリネットはほとんど出てこないけど良い味出してたな。ハーバードのイケメンことヘイデンは、単純にウザい奴なんだけど(笑)、根気があって良い奴ではあって、アニーが家族にあまりにものめり込み過ぎると「そこから出た方が良い」と助言する。
スカーレット・ヨハンソン主演だから、演技は折り紙付き。若い頃からこんなに演技力あったんだなあ。『アベンジャーズ』のキャプテン・アメリカ役で日本でも一気に知名度を上げたクリス・エヴァンスがヘイデン役で共演。
クリスは若い頃、モテモテ・イケメン・チャラ男みたいな役ばかりだったそうで、それが板についてしまったのか、元がそうなのか、「ハーバードの」という割に賢そうには見えない(急に悪口)。
本人は高卒で俳優業を始めたため、大学に行ってないことに引け目があるらしく、時折「僕は大学行ってないから」と自虐的に話してます。大学行ってないのに大学生役って、結構難しいのでは。大学生特有の雰囲気ってあるよなーと思うんですが。
ちなみにこの頃、まだあまり演技が定着していないのか、これより前に出演しているアクション映画では迫真の演技を見せたにも関わらず、本作ではあまり見栄えの良い演技ではないです(急に悪口)。大暴れ系の方が好きなのかも。
ただ、それでいて主役級を任される理由は何となくわかる。本人は「演技を評価してほしいのにモロ『顔で受かりました』な役どころは不満」というようなことを(自分で「イケメンだから選ばれた」って言ってるようなもんだから凄く遠回しに)言ってたけど、華があるのは確か。
どぎついオーラの俳優がゴロゴロいるハリウッドにあっては埋もれるだろうけど、やんわりと柔らかい光を放つようなある種の華はあって、強烈に目を引く尖った魅力というより、「作品になじむ」あたたかさがある。
ただ演技が微妙、印象に残らないって意見も凄くわかる。魅力だけで長くはもたないし、「尖った魅力」の人が傍にいたら搔き消されちゃうんだろうし。
本作では大人しいただのイケメン役で、良い立ち位置ではあるものの、別に恋人でなくてもいいパッとしない役でもあり、本人も気乗りしなかったのかも。
ところで、金持ちの世話をするナニーに重要な条件は「白人」「恋人なし」「大卒」だそう。で、そのナレーションの直後にメイドとして黒人女性が出てくる。雇い主の金持ちは自覚なしに高慢で差別的。当然、その子供が通う学校には有色人種がほとんどいない。
なかなか時代を感じるところもあって、勉強になる(現代は変わってる…と思いたい)。
アニーが子守仲間と話していて「子守なんて楽で楽しい仕事かと…」と口を滑らせると、黒人の子守仲間が急に真顔になり、「私は病気の親と子供を養うために故郷を離れてここに来た。私が他人の子の世話してる間、私の子は母親を知らずに成長してる」と厳しく言われてしまう。
アニーは「金持ちの家に住めるなんて!」くらいの気持ちだったが、子守は金持ちの世話をするためにその家にいるだけで、当然そこには埋められない歴然とした差があるという事実を突きつけられる。
何故か子育てをしたこともないのに「ガキの世話なんかチョロい」と思い込んでいる人には、グサグサ刺さるかも。
育児は子供と一緒に遊んでれば良いわけでも、餌をやれば勝手に育つわけでもない。子供の異変を敏感に察知し、病気や大怪我から守り、金のやりくりも教え、社会で生きる知恵や教養も教えなければならない。悩みがあれば一緒に考え、将来少しでも幸せに生きられるよう子供の性格や能力に合わせ、また時代の流れも読みながら、教育も変えていかなければならない。育児は人の命を預かること。「子供って可愛い~」程度ではやっていけない。
程々に子供好きな人の方が、実は育児をナメてたりするのかも。育児経験もなく「子供は皆可愛くて天使で…」なんて言う人は今時いないだろうが、10年くらい前は割といた。そんな言葉よりは本作の子供の方が現実に近いはず。
子供が親を信頼、尊敬するのは親だからではなく、親が信頼、尊敬に値する行動をしたから。信頼に値しないのに親を信頼しろ、尊敬しろと押し付けるのは、子供にとっても親にとってもろくなことにならない。
育児とは別に。
アニーがヘイデンに、仕事が辞められないのはストックホルム症候群ではないかと言われるシーンがある。そして、人類学者が原住民の社会研究のため原住民に紛れて生活していると、そのうちのめり込み過ぎて「原住民化」することを思い出したアニーは、自分も原住民化していたことを自覚する。
『「観察者」でいるつもりが、いつの間にか自分の人生の「傍観者」になっていた』という言葉には、ハッとさせられる人も多いのでは。
コメディの皮を被りつつ、忙しさにかまけて自分の人生について考えなくなっている人達の脳をチクチクと攻撃してくる、意外とアグレッシブな作品。
思春期以降なら、どの年代にもお勧め。