「臭いを嗅ぐ感覚」ルーツ・タイム jack0001さんの映画レビュー(感想・評価)
臭いを嗅ぐ感覚
「起承転結」が確定された大作ものの映画ならば、鑑賞のし安さ、感情移入の度合い、スクリーン上の色合いひとつ取っても、高度に仕上がって然り。
その反面、ロード・ムーヴィーの場合は「臭いを嗅ぐ感覚」で観るようなものだと思う。
導入シーンから最後のワンカットに至るまで、主張が曖昧だったり無かったり・・・その分はむしろ各人が色々と解釈しストーリーを自分勝手に延長させたり広げてしまったり。
制作者側から、自由と責任を与えられているようなものだろう。
喧騒や白けた荒涼さを、路上に投げ出された絶望感と期待を、上手い具合に嗅ぎ分け嗜むようなものである。
映画「ルーツ・タイム:Roots Time」は、いわばジャマイカ版ロード・ムーヴィーだ。
主人公2人のラスタマンはナイン・マイルと呼ばれる地域を、ラスタカラーに彩ったオンボロ車でひたすら走るだけの設定。
このナイン・マイルと呼ばれる場所。
実はボブ・マーリー:Bob Marleyが15歳までの幼少年時代を過ごした聖地である。
そこに広がる風景は名もなく何もない、ただ生温そうな風が吹き抜けている辺境の地だ。
全編に渡り、この地でロケーションを敢行したらしい。
時代背景はおそらく70年代後半を意識しているようだ。
何しろ彼らはアナログ・レコードの行商人という役柄、訪れる村々にてレゲエの名盤やら出所不明なLPをホラ吹き気味に売りさばく。
かつてのレゲエ・ムーヴィー「ロッカーズ:Rockers」を髣髴させるいかがわしいB級感だ。
ボブ・マーリー、ピーター・トッシュといた名前やその周辺の楽曲をBGMにしつつ、淡々と畦道を走る主人公達。
ジャマイカは本当に音楽によって育まれた島なんだな・・・と、その臭さを実感できる。
だがこの映画、言いたい事はそれだけじゃなさそうだ。
のほほんとしたストーリ展開ながら、一筋縄じゃいかない内容を凝縮させた「レゲエ社会学」的なもの。
ラスタファリズム:Rastafarianismと呼ばれた思想が根底にあるのだ。
その証拠に、話の展開、台詞の端々で、一般の人々ではおそらく理解に苦しむ箇所がいくつか出てくる。
レゲエへの愛着やジャマイカの風土などを多少なりに知り得ておくと、彼らの言い分や行動に「なるほど」と頷ける。
「ジャー・ラスタファーライ」という台詞が何度となく登場し、マリファナをプカプカ吹かし、田園風景、貧しい村、小汚い子供達の屈託のなさやら何やら・・・「ごった返す」ように随所へ織り込まれていく。
映画のタイトル「ルーツ・タイム:Roots Time」と銘打った意味、徐々に明かされていく。
ラスタファリズム:Rastafarianism
「その源はアフリカ大陸にあり、そこへの回帰を願って止まない人々が多い」という事に気づかされる。
一方僕ら日本人は、そのルーツが如何なる人種だったのか?
そのアリガタ迷惑な伝統と恩恵を普段から意識して生活しているのだろうか?
東から上り西へ沈むお日様に向かって、いつも感謝してるのだろうか?
何気なく白米や味噌汁を食してはみるものの、よく噛み締めてるのか?
流行の音楽にしても、国産的要素の比重があまりにも低すぎやしないか?(注;実はレゲエそのものもカリプソ:calypsoに代表されるカリブ海沿岸の古い音楽と、R&B、ROCKという比較的新しい音楽との融合で誕生したもの。本来の意味で使う「純正」な音楽ではないが、ナショナルカラーとして前面に打ち出している限り、日本以上に国民的音楽だと言えるだろう)
他国の風土を知り、自国の文化を改めて考察する、その自由さと洞察力を養いたいものだ。
臭いを嗅ぎ分けるように・・・