ブラック・スネーク・モーン : 映画評論・批評
2007年8月28日更新
2007年9月1日より渋谷シネアミューズにてロードショー
「ブラック・スネーク」は誰の心の中にもある
舞台はアメリカ南部。年齢も人種も育った環境もまったく違う2人が出会う。それぞれに愛する人がいて、その愛によってそれぞれが苦しんでいる。通常の物語なら、そのふたりが恋に落ちたりするのだが、この映画ではそうではない。元ブルースマンの黒人が傷だらけで自暴自棄の白人娘を、まともな人間になるようにと導くのだ。しかし、黒人は聖人ではない。野心と欲望とがないわけではない。男は女を鎖で縛り付けるのだが、果たして縛り付けられているのは男の方かもしれない。まともな人間になるように導かれているのは男の方かもしれない。双方向に鎖は伸びる。「ブラック・スネーク」は誰の心の中にもある。だから人生はもつれ、ブルースは歌われ、血と汗と涙がそこに降りかかる。
うまくいかない人生。傷ついた心。取り返すことのできない過ち。怒りと悲しみと絶望……。この映画はそれらを肯定する。なぜなら誰もが「ブルース」を歌うことができるからだ。その響きが、このどうしようもない人生を支えてくれる。たとえ何ひとつろくなことができなかったとしても、それはそれで素晴らしい人生であることを、その歌が教えてくれる。とどろく雷鳴とギターのうねりの中で、私たちはその輝ける瞬間に出会うことになるだろう。
(樋口泰人)