「原作の漫画と一つ違うところ」夕凪の街 桜の国 牛込太郎さんの映画レビュー(感想・評価)
原作の漫画と一つ違うところ
この映画は二部構成になっている.
原爆被災者の女性,平野皆実を中心とした第一部「夕凪の街」と,
被災者二世の女性を中心とした第二部「桜の国」だ.
この辺りの構成は,おおむね原作の漫画を踏襲している.
ただ,全体的に見てかなり原作に忠実に作られているこの映画の中で
一ヶ所だけ,決定的に原作と違っているところがある.
しかもその違いは(ほんのささいな違いであるにも関わらず)
原作と映画とをまったく別の作品として成り立たせてしまうほどの
強烈な意味を持っている.
原作では,皆実は第一部のラストで死ぬことになっている.
ところが映画では,第二部のラストにならないと,
その死の場面は描かれない.
第一部のラストでも皆実は確かに死にかけるのだが,
完全に絶命する前にいきなり第二部が始まってしまって,
彼女の死は結局うやむやなままにされてしまう.
言うなれば,彼女は第一部のラストで死に損ねる.
これが非常に重要な点なのだ.
実は彼女は過去にも一度,死に損ねたことがある.
彼女は原爆被災者だ.
13才の時,原爆の被害にあい,その時生命の危機にさらされた.
しかし幸運にも彼女は死をまぬがれ,
26才で死ぬまで生き延びることができた.
一方で彼女の妹は原爆によって命を落としており,
そのことで皆実は死ぬまで罪悪感に苦しめられる.
自分だけが生き残ってしまったことについて,
申し訳ないと感じてしまう.
原爆で「死に損ねた」自分を,彼女は常に責めている.
皆実が死んだのは26才の時であり,
原爆を被災したのが13才の時だから,
彼女はちょうど人生の中間地点で
原爆を被災したことになる.
彼女の人生を,被災するまでの13年と,被災してからの13年に分け,
前者を人生の第一部,後者を人生の第二部とするなら,
彼女は人生の第一部のラストで一度死に掛ける.
しかしそこで死に損なって,結局,第二部のラストまで生き続ける.
それと同じことが,この映画でも起きる.
彼女は映画の第一部のラストで一度死に掛ける.
しかしそこで死に損なって,結局,第二部のラストまで生き続ける.
つまり,彼女は二度死に損ね,生き長らえる.
一度目はその人生において.
二度目はこの映画において.
結論として言うならば,
この映画は彼女の人生そのものなのだ.
彼女の死の場面が映画第二部のラストに移動したことによって,
この映画は彼女の人生そのものになった.
私たち観客は,この映画を見ることによって,
平野皆実と言う一人の原爆被災者の人生を生き直すことになる.
また,そうすることが,
「忘れんといてな,うちらのこと」
と言い残して死んでいく皆実への,私たちなりのこたえともなるのだ.