劇場公開日 2006年9月16日

「俺を軍神にさせてくれ!そうすりゃ靖国に奉られ、少なくとも家族には数十年間軍人恩給が支払われるんだ!」出口のない海 kossyさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0俺を軍神にさせてくれ!そうすりゃ靖国に奉られ、少なくとも家族には数十年間軍人恩給が支払われるんだ!

2020年4月5日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 魔球が夢だった野球青年は後に軍神とされたのかどうかはわからないけど、フォークの達人がハマの大魔神として活躍していたことは記憶に新しい。物語の主人公は甲子園の優勝投手、そして大学野球を続けながらも肩を痛めて魔球を研究していた青年並木(市川海老蔵)。速球はもう投げられないと諦めていたが、彼は魔球開発を夢見て野球に打ち込んでいた。しかし、彼の同級生でマラソン選手の北(伊勢谷友介)が召集令状の届く前に志願したり、中学生でも出陣しているという話を聞くにつれ、自らも志願する道を選んでしまった。

 恋人美奈子(上野樹里)にさえ軍の秘密を漏らすことはできない。特攻で自分が死にゆく身であることすら伝えることができないのです。戦友同士では家族のためにだとか夢を追い求めるためにだと語り合えるのに、正直な心を伝えられないことの悲しさが伝わってきました。終戦間近、日本は負けると皆わかっていた状況下で、「何のために二度と帰れないと知りながら回天に乗ったのか」というテーマが半ば自暴自棄とも思える言動で重くのしかかってきます。

 面白いことに、この映画は戦争の悲惨さを直接的な映像にすることを意図的に避けているように思えます。それが並木の父(三浦友和)の「お前、敵を見たことあるのか?」に集約され、敵だって人間であること、アメリカ人は野球も好きなんだという単純なことを改めて教えてくれます。「国って何だ?」といった問答も、愛国心が議論される現代的なテーマに絡めて考えさせられました。もちろん、当時は「お国のため=天皇のため」ですから、見たこともないので「家族のため、恋人のため」だとしか答えようがありません。

 たまたま朝の連ドラ『純情きらり』が敵国の音楽であるJAZZがテーマとなっているので共通項があって興味深いのですが、どちらも三浦友和が父親であるという偶然も見過ごすわけにはいきません。そのほか、俳優陣の中で気に入ったのが柏原収史。突撃直前の表情が凄まじいものがありました。全体的には抑え目の演出であり、日記の朗読によって補完するような内容だったため、小説を聞かされているような感覚に陥ってしまったのがマイナスポイントでした。それでも人間魚雷=回天についての知識を与えてくれる、戦争を理解するためには必見の映画かと思います。

〈2006年9月映画館にて〉

kossy