「史上類を見ないテロリズムの恐怖を映画にしたジョン・フランケンハイマー監督の傑作」ブラック・サンデー Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
史上類を見ないテロリズムの恐怖を映画にしたジョン・フランケンハイマー監督の傑作
1977年に日本公開される時の前評判は非常に高かったが、テロリズムの誘因になるとかの理由で急遽上映中止になった曰く付きの映画です。個人的にもその年に観た「フレンチ・コネクション2」と監督のジョン・フランケンハイマーがお気に入りだった為、とても落胆したことを記憶している。内容は第一次中東戦争(1947~1949)で肉親を失ったパレスチナ生まれの女性テロリストとイスラエル諜報特務庁のエース少佐の攻防の末の死闘である。そこにベトナム戦争で捕虜を経験した退役軍人のパイロットが加わり、虚実取りまぜたサスペンスアクションの迫力ある娯楽映画になっていた。つまり、社会的影響度の高いテロ組織の内部描写のリアリティと、そこから想像力を膨らませて恐怖心を煽り映画的な醍醐味にした創作の是非が問われたのであろう。パレスチナ問題を映画にするなら告発的社会派作品に納めるべきなのか。それとも、より多くの人に知ってもらう役目を持つ映画として面白さを追求するのは当然であるから、上質で面白ければ許されるのか。観る人の社会的視野と映画好きが試される難しい題材であり、感想を述べるのに躊躇うのも正直な気持ちです。
しかし、この映画のクライマックスである、テロリストが空からスタジアム襲撃し中東問題に全く関係のないアメリカ市民の大量殺害を企てるようなことを、当時なら荒唐無稽な作戦で終わったかも知れないが、その後2001年にアルカーイダによるアメリカ同時多発テロ事件を経験したことで、この映画の観方が大きく変わってしまう。あの時の深夜ライブ映像の衝撃と、長くアメリカ映画を観てきた経験値からの戦争予見の恐怖まで、けして忘れることはない。その約20年前に一般公開されていれば、テロリズムの恐怖の警告になっていたかも知れない。本国アメリカではどのように捉えていたのか知りたいところでもある。
この大胆にして奇想天外なテロリズムの小説(『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』『ハンニバル』のトマス・ハリス)をよく映画にしたと制作者を調べると、「ゴットファーザー」「チャイナタウン」「マラソンマン」を手掛けたロバート・エヴァンスという人だった。やはり独特の志向がある映画人のようだ。このトマス・ハリスとロバート・エヴァンスによって映画の骨格は決まったと思われる。実在のテロリストグループの“黒い九月(1970年~1988年)”のメンバーである優秀な女性闘士、且つ冷酷無比の殺人鬼ダリア・イヤッドの背景のリアリティは、パレスチナ問題で天涯孤独の復讐の鬼。この集団が1972年にミュンヘン・オリンピック事件の犯行で世界を震撼させた歴史的事実。映画冒頭のベイルートのアジトにオガワという日本人が出入りしているシーンには、日本人としてどう表現したらいいものか。主犯格のアメリカ人マイケル・J・ランダーはベトナム戦争で何度も叙勲を受けるも、捕虜から生還後は軍から邪魔者扱いされ、それに妻の裏切りが重なり自暴自棄の孤立無援の人。毎週通う復員局傷病軍人更生センターのシーンでは、受付嬢が酷く冷たい対応をする。そして、時は1976年1月18日の第10回スーパーボール、場所はフロリダ州マイアミのマイアミ・オレンジボウル。レバノンのベイルートからカリフォルニアのロングビーチ、遂に最後の舞台と、ふたりのテロリストを追跡する殺し屋デイヴィッド・カバコフ少佐とFBIのサム・コリーが協力して闘う迫力満点の場面が繰り広げられる。
監督のジョン・フランケンハイマーについては、実は殆ど観ていない。30代で頭角を現した「明日なき十代」「終身犯」「影なき狙撃者」「五月の七日間」が未見のままで心苦しいが、監督35歳の時の「大列車作戦」には興奮した記憶がある。政治色の濃い題材を得意としていたようだが、映画の基本的な演出力の高さは、45歳の時の「フレンチ・コネクション2」でも充分知ることが出来る。そのスケール・アップしたのがこの作品といえるだろう。冒頭の“黒い九月”のアジト奇襲の緊迫感の演出、香港から密輸した爆薬をボートに積んで逃走する湾岸シーンの可動橋を使ったスリル、入院したカバコフ少佐を暗殺するために忍び込んだ末の強行(ここはヒッチコック監督のサスペンス演出を彷彿とさせる)、ダーツが放射状に拡散する試験爆発を強行するモハベ砂漠のクライマックス序章、アメリカ大統領のワシントン記念塔をバックにパレスチナ解放機構(PLO)のリアット大佐とカバコフ少佐が対峙する印象的な交渉場面、“黒い九月”の幹部を追い詰めるFBIの市民を巻き込んだ銃撃戦の荒々しい凄み、そして気球とヘリコプターがバトルを展開するサスペンスの頂点へと盛り上げるまでの様々な局面を構築する脚本の雄弁さと演出の簡潔にして的確なカメラワークの見事さ。実際のスーパーボールの競技場にカメラを入れて撮影した臨場感は素晴らしく、主演のロバート・ショウが観客席やフィールドを警戒巡回するシーンのリアリティはこの上なしだ。8万人の観衆と映画エキストラのモンタージュも上手く編集している。これらアクション映画の見所を結末まで持続し最後に爆発させた、フランケンハイマー監督の傑作と言っていいと思う。
カバコフ少佐のロバート・ショウは、「わが命つきるとも」でヘンリー8世を演じてその演劇素養を発揮したが、出世作の「007ロシアより愛を込めて」のアクション演技の方が買われたのか、「バルジ大作戦」「カスター将軍」「空軍大作戦」と軍人役が多く、「ジョーズ」の大ヒット作で更に有名になったイギリスの俳優。個人的には「スティング」のマフィアのボス役が好印象だ。この演技も身体を使ったアクションシーンを熱演していて、亡くなる前年の50歳とは思えない活躍振り。もっと長生きしていれば深みある演技の代表作を残せたと思われる。飛行船の操縦士を演じたブルース・ダーンは今も活躍するベテラン俳優で、個人的に好きなアメリカ男優。顔が個性的で演技も上手い。キャリア後半は殆ど観ていないが、「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の時は久し振りに嬉しくなった。ここでは傷痍軍人の精神的な苦痛を好演している。スイス出身のマルト・ケラーはビリー・ワイルダーの「悲愁」と並んで、この女性闘士ダリヤ役が代表作になるのだろうか。殺人鬼の怖さと復讐の為なら何でもありの強引なテロリストの内面をすんなり演じている。振り切れた女性は怖いです。
カバコフ少佐がテロリスト・ダリアの経歴調査を依頼するシーンの台詞が心に残る。敵対するリアット大佐に語りかける言葉。
(時には勝ち、時には負けた。だが、今度は共通の敗北になる)
テロリズムはそうかも知れないが、結局戦争はどちらも敗北の結果しか残せない。勝ったと思っているのは政治家や軍人の自己満足でしかないのではないか。もし、このようなテロが完遂していたら、第三次世界大戦に及んでしまうだろう。その恐怖を持って見るべき映画である。