「【ギャップ】」ワン・プラス・ワン ワンコさんの映画レビュー(感想・評価)
【ギャップ】
この作品は、事前に何か解説のようなものを読んだ方が良いかもしれないと思う。
ゴダールが、これを撮るまでローリング・ストーンズを知らなかったという話しや、ミック・ジャガーが「悪魔を憐れむ歌」が取り上げられたのは偶然と話したことは、よく知られている。
(以下ネタバレ)
だが、ゴダールの撮るブラックパワーや、「我が闘争」を朗読するポルノ書店主の場面の不穏な感じと、「悪魔を憐れむ歌」の不穏な感じが妙にマッチしていて、前段で書いたことは本当だろうかと疑ってしまう。
それに、そもそも、ゴダールがローリング・ストーンズを知らなかったということが信じられないのは、僕だけだろうか。
この作品が撮られた1960年代、日本は高度経済成長を謳歌していたが、世界のあちこちでは不安定化の動きが見られていた。
ヴェトナム戦争、キューバ危機、ケネディ暗殺、中国の核実験、アメリカの公民権運動激化と、マーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺、ソ連を中心にした東欧諸国のチェコスロバキア侵攻などは代表的な出来事だ。
しかし、アフリカ諸国が独立し、欧州では、現在のEUに繋がるECが設立されるなど未来に向けた動きもあった。
この作品は、そんな不穏さと、その中でも見出される希望の混在した感じを描きたかったのだろうか。
「悪魔を憐れむ歌」録音の場面も、その歌詞の内容とは異なり、ローリング・ストーンズは協調して、どこか明るく録音に取り組んでいるように見える。
若き日のミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ビル・ワイマン、チャーリー・ワッツ、そして、ブライアン・ジョーンズを観れるのはとても嬉しい。
しかし、このしばらく後に、ブライアン・ジョーンズが、ローリング・ストーンズを脱退することから、この録音の場面を注視すると、ブライアン・ジョーンズの孤立していく感じが見て取れると言われていて、皆さんは、分かっただろうか。
そんなこともあって、事前情報を読んだ方が良いと冒頭に記してみた。
作品は、ドキュメンタリーとフィクションを組み合わせたもので、フィクションの場面も、ゴダール的というか、ヌーヴェル・ヴァーグ的だ。
好みは分かれると思うが、この「悪魔を憐れむ歌」の歌詞や、フィクションの場面の不穏な感じが、どこか、協調へ向かおうとしながらも、引き戻そうとする分断が明らかな現在の僕たちの世界に通じるように思われる。
そして、ブライアン・ジョーンズ……。
ローリング・ストーンズ好きには見逃せない作品だと思う。