「川のうねりに時を映す作品。」リバー・ランズ・スルー・イット すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
川のうねりに時を映す作品。
⚪︎作品全体
川を時間の流れや人の一生に例えることはよくある。本作も、大きく言えばその一つだ。生きている中で直面する出来事や変化…そうしたものが流れていく様子を、静かに見守るような物語である。
川の流れを見続けることを退屈に感じる人には、きっとつまらないだろう。だが、私は川の流れを眺めるのが好きだ。その時々の水のうねりや音。それに気づいて心を揺らすことが好きだ。本作には、そうした小さな変化と、「流れ続ける」ことの美しさが描かれていた。
「水のうねり」にあたるのは、主人公・ノーマンを中心とした人間関係の移り変わりだ。歳を重ねるにつれて、人との関係は少しずつ形を変える。ある日を境に劇的に変わるのではなく、時間とともに変わっていくようなリアリティがある。その描写はとても丁寧だった。
特に弟・ポールとの関係は説得力がある。幼い頃はただ後ろをついてくる存在だった弟が、やがて個性を見せ始め、単なる「後ろにいる弟」ではなくなっていく。川下りや新聞社で働く姿を通じ、ノーマンは弟の優れた部分に気づく。そこに嫉妬もあっただろうが、対立ではなく、驚きと理解によって二人の関係は更新されていく。その変化には、兄弟として積み重ねてきた時間と、相手を受け止める愛が感じられた。
「流れ続けること」は、すなわち時間の経過である。誰もが「あの時に帰りたい」と思うが、それは叶わない。けれど、その時に見た景色を鮮やかに、あるいはセピア色の寂しさとともに思い出させてくれるのは、流れ続けた時間があったからだ。ここで描かれる時間は、ただの喪失ではなく、目の前を絶え間なく進む抗えないものとして、厳しくもかけがえのない情景となっている。
変化の物語でありながら、不変だった人物もいる。ポールだ。ノーマンは彼を「美術品のようだ」と評し、父は「美しかった」と語る。それは何ものにも削られずに存在し続けた証だ。ポールは殺されてしまうが、不変であったがゆえに川の流れのような変化を持たなかったことが、その結末に繋がったとも言える。
また、ポールはしばしばノーマンを釣りに誘う。この作品における釣りもまた、不変の象徴だ。ポールが地元に留まる理由であり、幼い頃のように兄や父と共に竿を垂れる時間は、変わらない景色として残る。物語の展開を一度堰き止めるようなモチーフだが、兄弟にとっても親子にとっても共通言語であり、その再確認の瞬間は彼らにとって大切な時間だ。そして、釣りの場面で見せる三人の笑顔が、その時間の「かけがえのなさ」を強く伝えてくる。
この作品が普遍的でありながら心に刺さるのは、美しい風景を映しているからだけではない。
物語全体に流れる時間の経過と、その緩急。そして釣りという「堰」が、多彩なうねりを生み、太陽に乱反射するからだ。
その景色は、とても素晴らしかった。
⚪︎カメラワークとか
・凝ったカメラワークはなかったけれど、兄弟が顔を見合わせる時の「わかった表情」の切り取り方が好きだった。二人しかわからない無言の笑顔。そこに二人の絆が見て取れるような切り取り方だ。
⚪︎その他
・ノーマンの恋人・ジェシーが日焼けした兄を見て一方的にノーマンを罵る場面。見てるときは腹立つシーンだったし、そのあとノーマンが恋に落ちる理由も理解不能だったんだけど、ラストにノーマンのモノローグで「人は理屈を離れ、心から愛することができる」という言葉で納得した。理屈ならノーマンの言葉に耳を傾けないジェシーを見損なうところだけど、それでも一緒にいたいというのが愛なんだ、みたいな。
・賭け事に溺れるポールに対し両親はなぜ注意しないんだろうと思ったけれど、幼少期の麦を残したエピソードが伏線になっているのか。ポールが確固たる意思を持っていて、ポールの考え方を(たとえ歪んでいても)変えることはできないと知っていた、というような。頭の片隅にはその確固たる意志という美しさをそのままにしておきたかった、というような感情もあったのかもしれない。