「巨匠75歳、自虐の詩w」乱 so whatさんの映画レビュー(感想・評価)
巨匠75歳、自虐の詩w
シェイクスピアを下敷きにした時代劇、地位の逆転と相互不信による自滅に至る物語、女にそそのかされ正気を失い道を誤る男。蜘蛛巣城と本作には多くの共通点があります。では、蜘蛛巣城にあって本作にないものは…。
①主人公と監督の若さと勢いが感じられない。
蜘蛛巣城は37歳の三船俊郎&47歳の監督による、下克上で権力を奪取する物語。若さ、反逆、暴発、夢と野望の挫折を描く。一方、本作は53歳の仲代達矢&75歳の監督による、権力の座から引退する物語。年寄、後悔、権威、不和、懺悔と和解を描く。
②女性たちの恐ろしさが足りない。
本作のヒロイン達、原田美枝子(27)&宮崎美子(27)の二人では、山田五十鈴(40)&浪花千栄子(50)の二人の、この世のものとは思えない恐ろしさにはとうてい敵わない。
③幽玄、夢幻を感じない。
阿蘇の大自然の中でのロケシーンで始まる本作。大自然の中でちっぽけな人間共が縁組みだの家督だのごちゃごちゃやってるのが、みみっちく見えてしまう。その他にも太陽光の下でのシーンが多く、人物の内面を凝視するというより、外面を凝視してしまう。
70歳の要介護老武将(仲代達矢)、介護者狂阿弥(ピーター)、忠臣(油井昌由樹)の3人に比べ、息子3人の描き方が薄っぺらい。太郎も三郎も二人とも狙撃され簡単に死んじゃうし。死に方が全然ドラマチックじゃない。一番面白いはずの次郎の内面には迫らないし。本来は息子3人の相互不信といがみ合いがドラマとして最も面白いはずなのに、じいさんにばかりフォーカスしてもつまらない。ただ、監督が自分の分身として小汚いジジイを創造したというのは、大変面白いと思います。過去の悪行の記憶と周囲の裏切りに苦悩し、狂気と正気を行ったり来たりする主人公の姿は、相当自虐的な自画像に見えます。天皇と言われた巨匠も、内心自責の念を抱えていたということでしょうか。
あと、最後に映画のテーマを忠臣の口を借りてセリフで説明されるのもがっかり。冗長かつ退屈に感じてしまう大作観念映画でした。ただ、監督はもう観客を喜ばせようなんて思ってないだろうことは伝わります。「人類への遺言」という言葉が示すとおり、監督はどこか遠くの方を見ている、あるいは自分だけを見ているようで、凡人の自分にはちょっとよく分かりませんでした。テレビにばかり夢中になっている日本の観客に監督は愛想を尽かしていたのかも知れません。海外では多くの賞に輝き評価の高い本作ですが、国内の興行収入では、ビルマの竪琴、ゴジラに次ぐ第3位、16.7億にとどまり、26億の製作費は回収できなかったようです。