「宮川一夫の映像美に人間の醜さを暴いた黒澤映画の厳しさと願い」羅生門 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)
宮川一夫の映像美に人間の醜さを暴いた黒澤映画の厳しさと願い
公開当時日本の評価は数ある秀作の中の一本の評価だったが、ヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞してから国内での評価が一変したという。アメリカでも2年連続アカデミー賞にノミネートされて、52年には名誉賞(外国語映画賞)を受賞し、53年の授賞式では淀川長治氏が出席して、その時の様子はハリウッド滞在記に詳しく書かれている。それまでの戦前戦後含めて日本映画が西洋の映画人から高く評価されることは殆どなく、日本映画の巨匠たちの代表作でも関心を寄せられることはなかった。海外に輸出して日本映画を宣伝すること自体想像できないことだった。その淀川氏のお話で最も印象深いのが、感銘を受け何度も通った俳優のリー・J・コップに日本映画のレベルを尋ねられて、この「羅生門」のような優れた映画はもっとありますよと自慢したことだった。このことだけでも当時の日本の映画人にとって誇らしい出来事だったのかが分かる。
旅の侍金沢武弘とその妻真砂、そして盗賊多襄丸が絡む殺人事件の法廷劇にして、三人三様の嘘を証言映像として展開する作劇の面白さ。そこにある自分勝手な人間の赤裸々な姿を暴く視点の鋭さ。熱い日差しと木漏れ日、汗ばむ肌、妖艶な真砂の美しさを表現する黒澤演出と宮川一夫の撮影の素晴らしさ。モノクロ映像のひとつの頂点に位置する映像美。更に、三人の嘘を証言出来ない木こりの盗みを暴く下人の開き直り。そして旅法師の人間不信から、捨て子を引き取る木こりの良心で閉める黒澤監督と橋本忍の練られた脚本の完成度。悪人になり切れぬ多襄丸を三船敏郎が見事に演じて、平安時代の美女を艶やかに演じる京マチ子の熱演と名優森雅之の見栄を張る男の卑しさの表現も素晴らしい。
聖書に誓いを立てて始まる法廷劇に慣れたキリスト教の西洋人は、嘘だけで終わる法廷劇の珍しさと正義の追求というより人間の業と性(さが)についての考察の深さ、そしてエキゾチックなコスチュームプレイに関心を持ったと思われる。日本において心理学が西洋と比べて進まない原因の一つに、日本人は本心を余り明かさないと聞いたことがある。本音と建て前を使い分ける日本人を客観的に捉えたこの黒澤映画は、まさに日本映画そのものであると言えるかも知れない。そんな人間の業を観察し仮面を剥ぎ、尚、人には救いがあって欲しいと願う黒澤監督のヒューマニズムが、国境を越えて広く評価されたのは当然のことではないだろうか。
Gustavさん、早速のコメントありがとうございます。楽しくて笑えて黒澤監督がこんな軽やかで楽しい映画作るのかー!と感動しました。それにしても淀川長治さんてすごいですね。かなり以前ですが、淀川さんはどっか(忘れた)の都内のホテルに住んでらして、たまたまロビーみたいな所でお見かけしたことあります!なんというかオーラがあって声をかけたりはできませんでした
「虎の尾をふみ毒蛇の口を遁れたる心地して 陸奥の國へぞ 下りける」義経と弁慶チームが冷や冷やもので富樫はやり過ごしたものの、安宅の関を逃げる~!という長唄・勧進帳の一番最後!唄方は死ぬほど声を張り上げる所です!
どんな映画なんだろう!楽しみです!
Gustavさん、なるほどー、三大監督といっても年齢も背景も異なるんですね。映画も異なるし。映画好きのドイツ人知り合いが言うには、ヨーロッパでは小津と溝口が愛され好まれている。アメリカ合衆国は黒澤、マッチョだから、アメリカもマッチョだから。半分冗談で半分当たっているかなあと思いました。でもマッチョじゃない黒澤映画、良いですよね!
「夜の河」?と忘れていました。山本富士子さんのですね。拙い感想文を覚えていてくださって光栄です。
其れにしてもGustavさんはお若い時に集中して昔の邦画をごらんになっていて素晴らしい、羨ましいです
監督三名では、溝口監督が圧倒的に好きで次が小津で少し離れて黒澤でした。最近は黒澤監督いいなあ、でも若い時の、という感じです。宮川一夫さんのカメラの素晴らしさ、わかってるようなまだ全然わかってないような。でも好きな邦画のスタッフをズーッと見ていくとカメラ宮川ばかりと言っていいほどです。