劇場公開日 1997年7月12日

「産業革命黎明期」もののけ姫 とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5産業革命黎明期

2021年8月7日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

怖い

興奮

知的

未来(子孫)への備え(贈り物)とし、自然の恩恵を分けてもらうことで命をつなぎ、自然とともに生きていた家内手工業の時代から、
「もっと成長を」と願い、創意工夫を重ねる工業化への変換の時代の狭間。
 自然を管理し、治水をし、鉱物資源を日々の生活に活用し…。
 そんな、人の生活を実り豊かなものにしようとする営み。

 富が蓄えられれば、それを奪おうとする者も現れ…。
 かつ、命の神秘をわが手にと策略する者、そんな人物の手足となり恩恵を得ようとする者。
 それぞれの立場・思惑が入り乱れ…。

自然神 VS 人間の構図。
 そんな単純な構図ではない。

 エボシ御前を筆頭とするたたら場の人々。たたら場で作った製品はどこに流れていき、どのような使われ方をするのか。
 そのたたら場の益に目を付けた戦国大名。
 その戦国大名か、それ以外の権力者に命じられ、シシ神の首を狙う一群。
 人間でも、獣でもないものたち。ー魔女の予言のようで、『マクベス」を思い出してしまう(そんなものは存在しないと思わせる予言)

 山犬神、猪神の、この映画の中での存在・立ち位置は比較的わかりやすいが、
 狒々神、鼠神達は?
 最初のシシ神登場の時は、カモシカか鹿のようなシルエットもあったように見えるが…。

豊かさとは何なのか。その問いが、鑑賞者に跳ね返ってくる壮大なるスぺクタクル。
一見、ハッピーエンドぽく終わるが、答えの出ない命題。
多分、鑑賞するたびに、その時の年齢・人生の状況・社会状況によって、見方が変わるのだろう。
そんな、哲学書にも似た一大絵巻を、よくぞ作り上げたものだと称賛を捧げても捧げつくせぬ映画。

だが、それほどの映画だからこそ、「惜しい!」と思ってしまうところがそこかしこ。
重箱の隅をつつくが如くの棘なんだけれど、言いたい!
 「もっと、もっと」と望んでしまう私は、たたら場の者や戦国大名と一緒なんだと思いつつ…。

だいだら法師の造形。
 なんであんなデザインなのだろう。内臓が透けて見える…。勿論、意味があってのことなんだろうけれど。”命”を視覚的に表しているのだろうけれど、グロテスク…。

木霊の顔も、動きがかわいらしいが、今ではマスコットにもなっているが、初見では驚いた。
 まあ、ムンクの『叫び』がマスコットになるご時世だから。人の感覚は変わってきているのだろう。

主要人物アシタカの造形。
 やっていることは、双方を結び付け、共存の道を探ろうとする青年。だから、どっちにも加担し、どっちをも裏切る。下手すると、蝙蝠のような、優柔不断な存在。だが、言葉使いと、松田氏の一本筋の通った貴公子然とする発声・言い方。その松田氏のおかげで、善なる道を模索しつつも成しえぬ、それでも悩み苦しみつつもあきらめない高潔な青年ー人類の希望ーみたいに見えてくる(笑)。
 ヤックルが常に付き添うのも、アシタカの誠実さを表していて好き。

そのアシタカと比べると、エボシがよくわからない。
 たたら場の人々を大切にし、生活の場を与え、切り盛りする女傑。それが、クライマックスに差し掛かる前の決断…。何故?私には突然の変心に見えて…。
 声は田中さんで合っていたけれど、絵が田中さんの演技に追い付いていない。田中さんの姿を思い浮かべながら見てしまったよ。初期の東映映画やディズニーみたいに、田中さんに演技をしてもらって、そこからセル画起こして欲しかった。

そして、サン。
 言葉や刺青・服は誰が教えたの・施したの?う~ん…。ま、映画の都合上、おいておいて…。
 なぜに声が石田さん?山犬の娘としての猛々しさがない。監督はどういうイメージでサンを作ったんだ。人身御供にされた非力で哀れな娘?
 大変申し訳ないけれど、サンがいなくとも話は進む。山犬神たちはちゃんと人間とコミュニケーションをとれる設定だもの。

森繁氏。『白蛇伝』でほれ込み、監督自らお願いしに行ったと聞いたような。だが、『白蛇伝』の方がすごかった。

『白蛇伝』を見てから、声には声優ではなく、俳優を使う主義と聞いているが、それがいい方の出ることもあるし、悪い方に出ることもある。

勿論、小林氏、西村氏、上条氏、森光子さん等々、他にも、えっ?この人が?と華を添えてくださっているのだが…。

とケチつけてはいるものの、
三輪氏の声にはひれ伏してしまった。
 この映画の格調を一気に上げている。母性を醸し出しながらも、荒ぶる男性的な神の声。神々しすぎて、つい背筋を伸ばしてしまう。三輪さんの声で語られる、人間の考える人情なんてちっぽけなものと思わされる自然の摂理。説得力がありすぎ。
 でも、エボシよりは、役柄の性質上まだモロの顔で見られるが、それでも絵が負けている。勿体ない。

絵と音の融合。難しい。ちょっとしたことが、お互いを殺してしまう。

スッキリとしたオチがあるわけでもない。
この映画の人物のその後は描かれていないが、時代を下って、今の私たちに繋がることを思えば、そこにあるのは希望なのか?
土地神は戻るのか、呼び戻せるのか。
そこに”発展”はあるのか。
エンディングテーマにのって、思いを馳せてしまう。

とみいじょん