「現実と心の世界の交流はマンツーマンでなくては…」フィールド・オブ・ドリームス KENZO一級建築士事務所さんの映画レビュー(感想・評価)
現実と心の世界の交流はマンツーマンでなくては…
映画鑑賞の信条の一要素に
“リアリティあるストーリー展開”がある私
にとっては苦手な分野の作品ではある。
1990年に観たっきりで、
キネマ旬報第2位の高評価にも関わらず、
特に大きな感動を得られなかったため
再鑑賞もなかった作品。
NHKBS放映を機に遂に再鑑賞してみたが、
全編、作り手も鑑賞側も夢の中に
浸りきることになるような印象で、
ある意味、ファンタジー過ぎる作品だ。
冒頭から「それをつくれば彼は来る」
との声が聞こえたり、
妻が即刻フィールド造成に賛同したり、
早々に幽霊選手と会話やキャッチボールを
始めたりと、
伏線が無い中での展開が早過ぎる印象だ。
また、ラストシーンの見えないはずの
幽霊選手の野球試合を、
大勢の生きた人間がどう観戦するんだ
等の思いが頭に浮かんでしまうと、
ファンタジーをも超越し過ぎて、
ただ呆然とするしか無い。
残念ながら私としては、最後まで作品の世界
になかなか入り込めなかった映画だった。
亡き父親との心の交流の映画としては
邦画の「父と暮せば」がある。
私としては、こちらの方が
リアリティの無い状況設定でありながら
リアリティを感じ、強い共感が得られる。
現実でないのなら、
他人には到底感じ取れない
マンツーマンでの心の交流前提が必須だ。
この作品のように
多人数による現実と心の世界の交流が
ごっちゃ混ぜでは、
観ている方も辻褄合わせに苦労させられ、
作り手のお涙頂戴的な作為を
先に感じさせられてしまう。
多分に、この「フィールド…」で描こう
としているのは、
裁判で無罪になったものの永久追放になった
シューレス・ジョー以下ホワイト・ソックス
の面々の復権へのスタッフの願いと共に、
ベースボールは米国文化の中心
との想いなのだろうと想像はした。