「タイトルなし(ネタバレ)」白夜(1971) りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
タイトルなし(ネタバレ)
鑑賞するのはのは今回が2度目。
初鑑賞は、日本初公開の翌年1979年、ルイ・マル『鬼火』と2本立て、大阪の大毎地下劇場だった。
パリはセーヌ河に架るポン・ヌフ橋界隈での初秋の四夜の物語。
第1夜。
画家志望の青年ジャック(ギョーム・デ・フォレ)は、身投げしようとしている少女マルト(イザベル・ヴェンガルテン)を救う。
翌日、同じ時間に同じ場所で会う約束をする。
第2夜。
身の上を語り合い、マルトには恋する相手がいたが、彼は米国へ留学した。
1年後にここで会おうと約束したが彼は現れない。
マルトは彼が帰ってきているのは知っている。
待って3日。
彼が帰ってきたら必ず立ち寄る親友のところへ、この手紙を届けてほしい・・・という。
第3夜。
手紙を届けたことをマルトに告げるジャック。
マルトはジャックに「あなたを愛している。彼があなたみたいに優しかったなら」といい、ふたりは青年の存在を不安にしながらも恋人同士のように時を過ごす。
第4夜。
前夜のように恋人同士な雰囲気のふたり。
ジャックもマルトに愛を告白し、美しい月を見上げたとき、件の青年が大通りの中を通り過ぎる。
見つけたマルトは青年のもとに駆け寄ってゆく。
という物語。
わかりやすい話なのに、ブレッソンは手強い。
人物にフォーカスせず、どことなくフェティシズム感が漂う被写体の切り取り方で、物語に入るにはもどかしい。
しかしながら、映像そのものは翳の濃い魅力的なもの、随所に織り込まれる流しの音楽も雰囲気はよい(ただ少し過剰な気はする)。
十代の頃に観た自身の感想が「どこがどうというより、全体の雰囲気がいい」としか評していないのもよくわかる。
物語に入り込めない(入り込ませないようにしている)のは、被写体の切り取り方だけでなく、ジャックとマルトの人物造形によるかもしれない。
最終的に残酷さを示すマルトはどちらかと言えばわかりやすいが、ジャックの方はややつかみづらい。
原題の「夢見る男の四つの夜」の「夢見る」青年なのだが、巻頭の道で見初めた女性の跡を執拗についていくシーンなどは、いま見るとストーカーにしかみえないし、画家志望にもかかわらず(スケッチではなく)テープレコーダーで自身の思いを録音して何度も何度も聴いたり、ちょっと偏執っぽい。
にもかかわらず、彼が描く絵はポップな感じ・・・
ややイケてないとはいえ、ティモシー・シャラメ似なのに、「うーむ、どうもなぁ」な感じだぞ、ジャック。
本作、自身のなかではいまひとつ肚に落ち切っていないので、今後どうするか。
パンフレットなどで他者の解説を参照するのが手っ取り早いのだが、そういうことはあまりしない方。
ドストエフスキーの原作は読んだし、他のブレッソン作品と比べるのも手だが、その前に同じ原作をヴィスコンティが撮った『白夜』と比べてみようと思う。