劇場公開日 1986年12月6日

「誰も観たことのない映像の映画 それが本作が成し遂げた偉業なのです」トップガン あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0誰も観たことのない映像の映画 それが本作が成し遂げた偉業なのです

2022年6月5日
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鑑賞方法:VOD

軍事マニアです
特に戦闘機好きで、中学生の昔から航空雑誌を読みふけってきました

まず本作は米国空軍のお話ではありません
米国海軍航空隊のお話です

飛行機だから空軍というのは間違いです
米国空軍は戦闘機部隊、爆撃機部隊、輸送機部隊、ICBM部隊の4本柱で、飛行機は陸上機のみです

同じように海軍だから船だけというのは間違いです
空母を持つ国の海軍には航空隊があり、戦闘機部隊もあります
米空母の航空機は全て海軍に所属しています

空母に載っている飛行機は、艦載機といいます
本作はこの空母艦載機の戦闘機パイロットのお話です

冒頭と終盤に登場するハゲ頭の上官
彼は艦長ではありません
空母の航空機部隊の司令です
通称CAG
空母の航空作戦についての全責任を負います
彼の帽子にはCVN-65の記号が大きく刺繍されていました

CVとは空母の略称、Nは原子力推進
65は艦番号です
その記号は米国海軍原子力空母エンタープライズのことです

1961年に就役した世界初の原子力空母で、当時は史上最大の空母です
本作の撮影当時は、劇中でインド洋上に展開していたように主に西太平洋からインド洋を守備範囲にしていました
2012年に半世紀に及んだ活躍を終え退役
現在は本国で解体待ちです

エンタープライズという艦名は、米国海軍にとっては最高の誉れ高い名前で、日本海軍なら大和に相当するくらい格式の高い艦名なのです

だからスタートレックの宇宙船の名前もエンタープライズ号なのです

原子力空母エンタープライズの艦載戦闘機部隊となれば、米国海軍航空隊の最高の戦闘機乗りが集められているということです
主人公はその一人というわけです

マーベリックというのは、本名でなく劇中で説明があるように無線で呼び合う時のコードネームのこと
専門用語ではタックネームといいます
航空自衛隊の戦闘機パイロットもタックネームをそれぞれお持ちです

マーベリックという意味は、一匹狼という意味合いだそうです

本作公開当時、インド洋方面ではイランとイラクが戦争中でした
しかし本作のような米空母の艦載機が空中戦を繰り広げたような事件は起こっていません

本作のクライマックスの空中戦のモデルは、1981年8月に地中海であった本当の事件です
リビアのシドラ湾で、米原子力空母ニミッツの艦載機、本作と同じF-14 トムキャット2機が、リビア空軍の戦闘機2機と空中戦を繰り広げて、2機とも撃墜しています

相手はミグではなく、スホーイです
ミグとかスホーイはメーカー名です
ソ連(ロシア)の戦闘機というと何でもミグと思われがちですが、スホーイも老舗メーカーで80年代後半からはスホーイの方が隆盛を誇り、ミグは今はもう新型機も製造していません

劇中での台詞のMIG-28という型式の戦闘機は架空のもので、その型式は存在しません

敵機役はFー5という米国の小型戦闘機が務めています
赤色の星マークをつけてそれらしい塗装で登場しています

本作は冒頭とクライマックスの茜色の空に発艦していくF-14 トムキャットの黒いシルエットが誰もがあの主題歌とともに思い浮かべます

冒頭の発艦は夕焼けです
高空に上がると青空がまだ残っています
しかし敵機を追い払ってからの着艦シーンは既に薄暮(はくぼ)になっています
トムキャットは翼端灯を点灯して飛行して、空母は飛行甲板のライトが光っています

空母への着艦は難易度が高いことで有名です
あれほど巨大なのに空中から見る空母は、豆粒くらいにしか見えないのですから
空母への着艦とは、「コントロールされた墜落である」という言葉があるくらいです

それが夜間着艦となると、ベテランでも怖く緊張することらしいです
あの様に命が縮んだあとには特にキツいのだということがあのシーンに込められているわけです
クーガーが上官に返したバッチは飛行章(ウイングバッチ)
言わばパイロットの免許証です

クライマックスの茜色の空は、朝焼けの暁です
軍事の世界では払暁(ふつぎょう)といいます
夜が明ける前の暗いうちから発艦準備を進めて、少しでも明るくなったならすぐ飛び立つのは第二次世界大戦中からの空母の定石です

F-14 愛称トムキャットはアメリカ海軍の当時の主力戦闘機
トムキャットには、雌猫の尻を追いかけ回す牡猫という意味があるそうです
敵機の尻を追いかけ回す戦闘機らしい名前です

双発、二人乗り、可変翼、双尾翼
あの格好良さったらありません!

アニメのマクロスのヴァルキリーはこのトムキャットのフォルムがモチーフです
但しマクロスは1982年スタートのアニメですから、本作に影響を受けたものではありません

戦闘機の中でも特に大型です
アメ車に通ずるデカさ、派手さがあります
車でいえばムスタングでしょうか

ベトナム戦争での戦訓を得て、米国空軍はF-15
米国海軍はF-14 を1970年代中頃に導入始めます
どちらも傑作機でした

F-15 は、世界中の西側の主要空軍に採用されました
航空自衛隊の主力戦闘機にも大量に採用されて今も現役で活躍中です

しかし本作のF-14 は、採用された国は殆どなく革命前の親米時代のイランぐらいでした
米国海軍自体も大型すぎてもてあまして、もう少し小型で一人乗りで使い勝手の良いF/A-18 ホーネットに置き換えられてしまい、とうとう2006年に全機退役してしまっています

F/A-18 ホーネットは、本作の続編「トップガン マーベリック」に登場する戦闘機です

トムキャット好きとしては、トップガンの続編がホーネットであると聞いて少し複雑な気持ちでした
もちろんトムキャットはすでに退役していて登場できるわけがありません
今の主力戦闘機はホーネットですから、これで当たり前なのです

でもなんか、若い時はアメ車のムスタングをブイブイいわして走り回っていたのに、今ではプリウス乗っているみたいなイメージなのです
なんだかなあという気分なのです

最新鋭のF-35の海軍版は、撮影中はまだ導入試験中でした

しかもこの最新鋭のステルス戦闘機になると、もはや空中戦ではなく、ステルスで忍び寄ってミサイルを遠くから放って相手に気付かれずに撃墜する戦い方をする時代に変わってしまっているのです

そのミサイルも敵機の後ろにつかないと打てない代物ではなく、例え真後ろにでも打つことが出来るようになって空中機動戦をする意味もなくなりつつあるのです
すなわち、もはやトップガンの時代でも無くなってしまいつつあるのです

21世紀の現代と、40年近い昔の1980年代との違い
戦闘機の物語なのに、時代をも写してもいるのです

そして同じ1980年代でも初め頃と中頃ではもう違うことも内容に反映させているのです

米国海軍航空隊の映画といえば
1981年の「愛と青春の旅立ち」
こちらは海軍航空隊士官学校のお話です
本作は選りすぐりの戦闘機乗りを集めて空中戦の技を更に磨く研修センターです
どちらも主人公が白い軍服をまとうシーンが素敵です

そこに両作品とも女性が絡むのですが、「愛と青春の旅だち」では、同僚に女性候補生もいて男性に混じって負けずに卒業していきます
しかしヒロインはシンデレラとして男性を待つだけです

本作ではどうでしょう
トム・クルーズは24歳、劇中の役もそれくらいです
ヒロインのチャーリーは30歳位にみえます
演じたケリー・マクギリスは29歳でした
彼女は航空力学の博士号を持ち、軍属としてキャリアを重ねつつある自力した女性なのです
そして迎えにくるのは彼女の方なのです
僅か5年なのに二つの作品には歴然とした違いがあります
もしかしたら、本作は「愛と青春の旅だち」への回答だったのかも知れません

そして航空アクション!
現代のジェット戦闘機の航空アクションを真っ正面から取り上げたのは本作が初めてであると思います
画期的な撮影を達成した映画だと思います
特撮もCGも無しなのです!
どれだけ凄いことか、大ヒット映画なら普通は類似の映画が山ほどでるものです
それが殆ど存在しないのです
こんな撮影絶対無理だと誰もが諦めたからです

誰も観たことのない映像の映画
それが本作が成し遂げた偉業なのです

序盤のクラブでチャーリーを口説こうと歌いだして途中からは仲間全員でのコーラスになる曲
歌のサビの、「Now it's gone, gone, gone, whoa-oh 」が笑わせます

それはエピローグでジュークボックスで掛かるのと同じ曲です
白人デュオのライチャスブラザーズ1965年の大ヒット曲「ふられた気持ち」です

1965年はピートの父がベトナムで謎の死を遂げた年なのです

歌のサビの「Now it's gone, gone, gone, whoa-oh 」とは、失恋のことではなく、父を失ったことを歌っていたのです

そしてチャーリーの家で聴いた曲は、米国では有名な黒人歌手Otis Reddingの1968年の大ヒット曲「Sittin' On The Dock Of The Bay」です
母の悲しみの記憶です

そして、この曲を歌ったOtis Reddingは、この曲を録音した3日後に、飛行機事故で無くなっているのです

それをチャーリーはあとから気が付いたに違いありません
そして、「Now it's gone, gone, gone, whoa-oh 」のピートに取っての本当の意味も

恋愛物語としても実は深かったのです

蛇足
ジェット後流とは、ジェットエンジンが吐き出す、猛烈な排気流のことです
それがジェット機の推進力になっています

しかしこの排気流が、後ろに近づきすぎた戦闘機のジェットエンジン前方の空気取り入れ口に入ると問題が生じる時があります

ジェット後流は、高温の乱れた気流であるので、これをまともに自機のジェットエンジンが吸ってしまうと、自機のジェットエンジンは燃料を燃やすための酸素量を確保出来なくなり、最悪の場合ジェットエンジンが止まってしまうことがあるのです
これを専門用語ではサージングまたはコンプレッサーストールといいます

これがマーベリックのトムキャットに起こったことです
上手く操作すれば回復することもあるようです
エンジンが止まってしまっても空中で再点火することもできます
しかし、サージングでジェットエンジン自体が損傷を受けて回復しないこともあり得るのです
正に危機一発でした

あき240
ヒロさんのコメント
2022年8月19日

素晴らしい軍事的な解説に読みふけりましたが、特撮は使ってますね~、コクピット同士の接近シーンは合成ですし、撃墜シーンはミニチュアですね。

ヒロ
IBSyatchさんのコメント
2022年7月10日

凄くお詳しく、わかりやすいです。一度観てますがまた観ようと思ってますし、これ読ませて頂いたので、次は倍楽しめると思います。
長文大変だったと思いますが、書き込み頂いて、本当にありがとうございました♪

IBSyatch
とみいじょんさんのコメント
2022年6月11日

私も勉強になりました。

軍事的なことだけでなく、歌の意味…。
再見するときに、もっと深く味わえそうです。

ありがとうございました。
また、レビューを拝読できるのを楽しみにしています。

とみいじょん
seiyoさんのコメント
2022年6月8日

こんばんは。
素晴らしいレビューですね👍️
私も勉強になりました

seiyo
KEIさんのコメント
2022年6月8日

共感有難うございます。素晴らしいレビューですね。勉強になります。

KEI
CBさんのコメント
2022年6月8日

> 本作は米国空軍のお話ではありません
米国海軍航空隊のお話です

うわあ。軍事オタク、最高です!! 当たり前だけど、知らないことばかり。教えてもらうと、なんかちょっと得した気がするのは、俺だけでしょうか。とにかく、ありがとうございます!!!
「マーヴェリック」まだ観ないでとっておいてあるんだけど、これでいよいよ行く気になりました!

CB