「ベンダース監督の嗜好と、笠智衆の証言に触れることができる、貴重な一作。」東京画 yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
ベンダース監督の嗜好と、笠智衆の証言に触れることができる、貴重な一作。
『ベルリン・天使の詩』(1987)、『パリ・テキサス』(1984)など多くの作品を手がけたヴィム・ベンダース監督が、1980年代前半の日本の風景を捉えた作品。彼が私淑する小津安二郎監督の足跡を辿るのが本作制作の本来の目的だったため、当初は様々な東京の場面を切り取り、そこに小津作品の痕跡を探していきます。ところがそんな彼の心を奪ったのは、豊かな四季や穏やかな人の営み、などではなく、意外にもパチンコやゴルフでした。
人々が表情も崩さず淡々と同じように台に腰掛けて、玉の行方を凝視し続ける様子、大量のパチンコ玉が穴に吸い込まれていく様子を、彼はひたすら撮影し続けます。劇中の彼自身の独白によると、同じパチンコ店に一日中居続けることもしばしばで、取材で地方に行った後でも、閉店後のパチンコ店を訪れて、釘師が一つひとつの釘を調整しているところを写し撮ったりしています。人々が同じような所作をまるで自らに課した修行のように繰り返す様子に、小津作品の要素を見出した、という側面ももちろんあるのでしょうが、ここまで執拗にパチンコやゴルフの打ちっぱなしに執着しているところを見ると、大量の玉が流れていったり飛んでいったりする様子そのものに強い関心を持っているとしか思えなくなってきます。ベンダースの意外な嗜好が見える場面でした。
彼が撮影した笠智衆のインタビューは非常に貴重で、小津作品によって俳優として完成したと言っても過言ではない笠智衆が、自らの言葉で小津監督との関係を語っていく場面は一言ひとことが味わい深く、興味深いです。小津監督は完璧主義者で、撮影現場の状況を全てコントロールしていた、という証言には、思わずやっぱり…。そして30歳代の頃から60歳代の老人を演じていたと言われて、改めて作中に挿入される『東京物語』の笠智衆を見ると、確かに若いですね。初めてこの作品を観たときは随分老人に見えていたんですが。