デッドマンのレビュー・感想・評価
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河は三途の川なり
キリスト教に於ける死とは天国へ行く事。だが、ここで描かれている場所は、過酷な事ばかりが連続する悲惨な場所。つまり、天国なんかじゃない。
最後にトーテンポールが撮されるが、仏教に於ける偶像崇拝の仏像と同じ。
途中撃たれた子鹿に添い寝する場面があるが、あの段階で主人公は既に死を迎えている。若しくは、最初から死の旅であったかもしれない。
川を『バビロンの川』と最初見ていたが、日本人なら誰でも知っている『三途の川』と確信している。彼はそれを渡り本当の『黄泉の国』へ旅立ったのだ。勿論、人間として生まれ変わるまで。
火の鳥の鳳凰編を思い出した。
この映画はタブーな出来事を含めて、全てが死。『バッファローが100万頭殺された』と言う話から始まる。そして、あっけない死がその後を追う。
撮影は小津安二郎監督の影響が多分に見えてくる。カメラの前で演技してそれを繫ぐ見事に矛盾しないストーリーが動き出す。
二回目の鑑賞。
傑作だと思う。
『捜索者』や『勇気ある追跡』をリスペクトしている。カモネ。
何が変わったのだろう?
自分の中の何かが変わってしまったから
この作品に対する評価が180度変わってしまった感じがある
西部劇のフリした死生観に関わるある種スピリチュアルな放浪するロードムービーな感じ
なんか白黒の映像は好きなんだけど
ただフィルムを白黒を選んだってだけに感じられて
ストレンジャーザンパラダイスやダウンバイローみたいな
映像美が感じられなかったな
それもジャームッシュの盟友ジョンルーリーの告発本(?)で
このインディアンの元を放浪する白人という元のアイデアが
ルーリーの物だったのが明かされたせいもあるかもしれない
で、その後ジャームッシュは連絡を受けないようにしてたとか
なんか映画作るのに色々起こるのはわかるけど
それはないんじゃないかな〜
それ聴いて俺の中でジャームッシュの株は暴落しつつある
そしてその事実を知ってみるとどうも脚本が場当たり的で
イマイチ練り込まれた物に思えないのはそうゆう事かと思ってしまう
久しぶりにそうゆう情報を入れてみたら
なんかニールヤングの音楽と白黒の映像以外
見せ場がない感じがして
これ失敗作だよな
って思っちゃった
特に他の作品がいいから
この作品はちと出来が悪く見えてしまう
今の俺から見るとそんな感じ
思ってたよりいい映画じゃなかったわ
Deadman=アメリカで受け身の生き方をするヤツ。的な。
ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ2021の鑑賞1作目。
休出2日目の夕刻、台風接近で雨が降り始める中、劇場に駆け込んでジョニデです。
いわゆる、「修正主義西部劇」=Revisionist Western にカテゴライズされる映画。推定、1865~1875年あたりの、先住民族殲滅政策時代、アメリカンバイソンを100万頭単位で狩っていた頃を想定していると思われます。マッカーシーの「Blood Meridian」と同時代・同時期に見えます。
公開が1995年。ギルバート・グレイブが1994年公開なので、ジョニー・デップは大ブレイク前夜の主演作。淡々とすかしてる演技は、この頃から変わらないんですね。
どこか現実離れした、白日夢の様なストリーと世界観。人間を見世物にしていた時代の死生観のえぐいこと。CG全盛で、壮大だったり真に迫る現実的世界観の映画があふれる今になってわかる、20世紀末作品の持つMinimalism。足りないんじゃなくて、これで必要十分なんですね。
冒頭のギターと機関車の画で表現する時間経過。音楽はニール・ヤングのギター曲のみ。半ば俗人化した先住民であるNobodyの不可思議さ。そのNobodyに”Deadman"扱いされたウィリアム・ブレイクの受け身の生き方からは、何の緊張感も感じられず、死すら受け容れたカヌーは殺戮のアメリカを離れて虚無の海に向かう。
これは何と言えば良いのやら。
フランスの名匠フィリップ・ド・ブロカの1967年公開作「まぼろしの市街戦」的な非現実的な世界感を思い出してしまう映画でした。これは好き。不思議なくらいに、引き込まてしまいました。キャストにも痺れます。イギー・ポップとか、その気色悪さがイカシてる。と言うかイカレテテカッコいし。
良かった。かなり。
でですよ。思うんですよ。
「ゾンビには手を出して欲しくなかった」と。
イヤー、あれは何だったんでしょうか....
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