「移民の子孫であることの悲哀と戦争の酷(むご)さ」ディア・ハンター talkieさんの映画レビュー(感想・評価)
移民の子孫であることの悲哀と戦争の酷(むご)さ
<映画のことば>
「帰れるかな。」
「ベトナムから?」
「分かるか。俺たちのすべては、この町にあるんだ。」
「このとんでもない(fucking)町が好きだ。」
「俺に万一のことがあったら、必ずここへ連れ帰ってくれないか。約束してくれ。
頼む、これだけは約束してくれ。」
「了解だ。」
戦役でベトナムに赴くニック、マイケル、スティーヴン。
そのスティーヴンの結婚式の様子からすると、彼らはロシア系移民の二世、三世のアメリカ人と言ったところでしょうか。
本作の舞台となっているクレアトン(ペンシルバニア州)ー。
鉄は「産業のコメ」とも言われ、製鉄業は国家の基盤を支える産業なのですけれども。
その一方で、製鉄業の現場という厳しい労働環境で、技術職(技術者)ならいざ知らず、いわゆる3Kのような労務職(現場作業員)を生業としているで(ネイティブのアメリカ人ではなく)、移民が多いのかも知れません。
これからベトナムに赴こうとするスティーヴンが、アンジェラと挙げた結婚式は、玉ねぎのような尖塔が特徴的なロシア正教会の教会で…。
そして、披露宴で、新郎新婦の門出を祝う余興の踊りは、かの有名なロシア民謡のカチューシャでした。
「移民の子」であるという理由だけで、ネイティブのアメリカ人からは、陽に陰に、さぞかし、さまざまな(謂われのない)偏見や差別を受けてきたことでしょう。
同じようにイタリア移民の子だったリー・アイアコッカ氏は、フォード自動車に入社して、セールスエンジニアとして、また開発者に転じてからは、いわゆるベビーブーマー向けの新型車(ツードアクーペ)「マスタング」を開発するなど、同社の業績向上に実績を残したとのことですが、移民の子としての差別から首脳としての座を追われ、ライバル社のクライスラー社の経営に転じたと聞き及びます。
同じく移民の役柄を、これまたイタリア系の血を引くロバート・デ・ニーロが演じているというのも、とても興味深かったと思います。
外面的には平穏でも、例え国籍を得ていて法律上はアメリカ国民ではあっても、ネイティブのアメリカ国民から見れば「部外者」である外国移民としては、積極的に徴兵を志願して、ネイティブのアメリカ人に対してら、自らの愛国心・忠誠心を示す必要があったのだろうと思います。本作でのニック、マイケル、スティーヴンは。
(太平洋戦争でも、多くの日系アメリカ人がアメリカ合衆国への忠誠を示すために進んで同国側の戦闘員として従軍し、暗号の解読など、対日戦に参加したと承知しています。)
まして、ベトナム戦争は、単に南北のベトナム間の戦争ではなく、共産主義勢力と資本主義勢力との代理戦争のような紛争。
ピカピカの資本主義国に住まう者として、出自が共産圏であった彼らは、余計に、アメリカ合州国への忠誠を示す必要があった(必要に迫られていた?)のだろうとも思います。
そういうマイケルたちの心中を思うと、やりきれない気持ちにもなってしまいます。
これも、戦争というものの「酷(むご)さ」「無慈悲さ」という側面なのだろうとも思います。
そして、その中でも光るのは、同郷の移民同士の厚い友情-マイケルとニックとが交わした上掲の映画のことばのとおり、残念な結果ではあったとしても、マイケルはニックとの約束を果たし切ったというべきでしょう。
最後の最後には、ニックはマイケルを認識できないほど、心が憔悴しきってしまっていたとしても。
本作は、評論子の「メリル・ストリープ路線」(彼女の出演作品を連続で観て行く)の一作品として観たものでした。
肝心の?彼女の出番こそ、そんなに多くはなかったものの、また良い作品に出会えたことの満足感のほうが、はるかに大きかったことは、言うまでもありません。
午前十時の映画祭シリーズ2のラインナップの一本としても決して見劣りのしない、秀作だったと思います。
評論子は。
(追記)
陰湿な民族差別の中でも、同じようにロシア系移民の子息たちと楽しむ鹿狩りが、彼らの唯一の娯楽で、本作の題名は、そんなところから出ているものでしょう。
趣味・娯楽でやっている鹿の猟師(ディア・ハンター)とベトナム戦争。
同じく銃器を使うことでも、こんなに天地ほどの差があるのかと思いました。
そんな感慨もあった一本でもありました。
評論子には。
(追記)
結婚式で始まり、お葬式で終わる-。
どちらも、人生では大きな節目のセレモニーとして、大きな意味を持っていることは、間違いがありません。
その「ひとつ目」で始まり、「二つ目」で終わるという本作の構成も、一篇の物語としては、優れていたと思います。
(追記)
本当に「余談の余談」なのですけれども。
(映画の評は自由ということで、ひらにご容赦下さい。)
リー・アイアコッカ氏をフォード社から放逐した一派の急先鋒が、ロバート・マクナマラという人物とのことです。
お若い方ならともかく、年配の方には、聞き覚えのある名前かとも思います。
はい、そのとおり、当時の国防長官として、ベトナム参戦、戦争遂行に辣腕(?)を振るった方です。
後に、アイアコッカ氏を放逐したことは、フォード社最大の戦略的誤りと認められたと聞き及びますが、アイアコッカ氏の放逐とベトナム敗戦-。
ロバート・マクナマラ氏は、アメリカ史上の大きな二つの失敗の両方に関係した唯一の人物でもあるようです。
はじめまして。
結婚式で始まり、葬式で終わるというご指摘、自分は目が向いていませんでした。まだまだいろんな発見がありそうです。また見返したいと思います。