「日本のサスペンス映画の傑作」天国と地獄 keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
日本のサスペンス映画の傑作
日本映画発祥の地・京都のほぼ中心辺りにある京都文化博物館は、京都にまつわる映画フィルム原版を約800本所蔵し、テーマ企画に沿って館内のフィルムシアター(170席)で毎日上映しています。
先月、“アウトローなヒーローたち・現代劇篇”というテーマ企画で上映された、日本映画史に残る本作を観賞しました。
言わずもがなの、日本三大巨匠の一人にして世界的名匠・黒澤明監督のサスペンス映画の傑作です。2時間23分の長編であり、多種多様な登場人物が出てくるにも関わらず、巻頭からラストまで全く息を抜く間もなく一気に観終えてしまいました。
誘拐事件発生と身代金授受という、三船敏郎扮する製靴会社専務・権藤視点の一人称で進められる前半は、室内劇で恰も舞台劇のようであり、事件がひと段落した後の犯人を追及していく後半は、謎解きミステリードラマに一変し、主体が警察官たちに移行しひたすら地道に現場を辿っていきます。ここでは捜査責任者・戸倉警部を演じる仲代達矢の沈着冷静にして鋭い慧眼ぶりが、圧倒的存在感でドラマをリードしていきます。前半の主役だった権藤は気力体力を使い果たしたことにより存在感が希薄になり、もはや脇役で終始します。
この前半後半の切り替え、ドラマの焦点の移行、サスペンス性の切り口の変換は見事です。
前半は、登場人物たちの欲望と憎悪、怒りと悲しみが諸に曝け出され、裏切りと出し抜きが露見していき、舞台が権藤邸内に限定されていたこともあって、常に緊張感が漂い不安感を煽られていました。最近のように極端な寄せアップは殆どなく、ほぼミドルレンジでフィックスかスローな移動カットで、時に長回しも用いられ、観客は落ち着いて観られるので、却ってスパイラルに不安が増幅されながら先行きへの興味関心が募っていきます。
後半に、この興味関心が謎解きミステリーの渦中に放り込まれ、作者に弄ばれます。戸倉警部の切れ味鋭い捜査追及は、ぐいぐい観客を惹きつけ興味関心をどんどん掻き立てていきます。
実はこの時点で観客には、山崎努扮する犯人の正体を仄めかしているのですが、そこに辿り着き追い詰めていくプロセスの快刀乱麻の痛快さに、観客は益々酔わされていくのです。
犯人の暮らしぶりに映像が移ると、途端に彼の寄せアップの長回しが増え、この人物の閉塞感と虚無感、聡明さと暗さを顕著に漂わせます。既に観客を、犯人の動機の解明への関心に導いているのです。
個性的な名優たちが、刑事や新聞記者、街中の一般人という端役で短い時間のみで、次々と登場しますが、彼ら彼女たちが強く印象に残る演技を披露していくことで、本作にドラマの重みと厚みを備えさせてくれました。その結果、息苦しいまでの緊迫感と重苦しい空気感を、最初から最後まで観客に与え続けたのだと思います。