「天国も地獄」天国と地獄 しゅうへいさんの映画レビュー(感想・評価)
天国も地獄
DVDで2回目の鑑賞。
原作は未読(*現在は読了済み)。
思惑が交錯する権藤邸でのやり取りが中心の前半から、警察が誘拐犯を追い詰める後半へ、緊迫感を維持しながら駆け抜けていく演出が凄まじい。
特急第二こだまでのあっと驚く身代金受け渡しやパートカラーのインパクト、犯人を追い詰めるクライマックスなど、印象的な場面が目白押しだ。
横浜の表通りやスラム街の路地裏は、戦後の混乱が生み出したカオスそのもののようで、当時の様子を知ることの出来る貴重な映像となっている。
夏真っ盛りのある日、犯人が、クーラーなど無いボロアパートの自室から、世間を睥睨するかの如く佇む丘の上の豪邸を見上げる。そこに住む者たちの豊かな暮らしを想像し、自分の住処は地獄に思えただろう。募る羨望と嫉妬の末に聡明な頭脳は天国に住む者たちを苦しめ、己の虚栄心を満足させんがための狡猾な犯罪計画を練るに至ってしまう。
しかし、天国に住む者たちが幸せなのかと問われれば、決してそうとばかりは言えそうに無い。会社内のパワーゲームに勤しみ、権謀術数の張り巡らされた網を掻い潜って殺伐とした空気の中を突き進むような、欲望にまみれたものだった。それは果たして天国と言えるのだろうか。豪奢な屋敷も単に見栄っ張りの象徴のようで虚飾の城に思える。
そんな城の主、権藤金吾が葛藤の末に決断した良心と倫理観は、地獄(天国)に花と言ったところだろう。だが、この決断で権藤の会社での地位は失われた。もしも会社の地位を優先していれば、ひとりの子供の命が失われていたかもしれない。残酷な天秤だな、と⋯。三船敏郎氏の、人質奪還後の権藤のシーンに漂う寂寥感の演技に心が痛くなった。
天国と地獄にはそれぞれの思い描くビジョンがあって、羨んでみたり妬んでみたりする。だが一皮剥けば、どちらも相応に辛いことがある。
一括りにするのは的外れで、天国も地獄もそう変わらないのかもしれない。格差問題への黒澤監督の冷徹な目線が反映された名作である。
[鑑賞記録]
2017/09/20:DVD
2019/07/27:DVD
2025/11/09:UHD Blu-ray
*修正(2025/11/09)
コメントありがとうございます。
お褒めいただき恐縮です。
サスペンスとしての完成度が非常に高く、なおかつ人間ドラマが疎かになっていないという点で、とても優れた作品だなと思います。
何度でも観たくなる傑作ですね!

