劇場公開日 2007年7月21日

「理屈を、脱ぎ捨てろ」インランド・エンパイア ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5理屈を、脱ぎ捨てろ

2011年2月12日
PCから投稿
鑑賞方法:DVD/BD

知的

難しい

幸せ

「マルホランド・ドライブ」「ストレイト・ストーリー」などで知られる、デヴィッド・リンチ監督が、自身のキャリアの集大成と位置づける一品。

いわくつきの映画に出演が決まった、二人の女優。映画撮影の現場に、どっぷりと身を沈めていく女優達は、私生活と映画世界の境界線を引くことが出来なくなっていく。真摯に映画に向き合う誠実さと、その裏にある虚構という矛盾をあざ笑う心の暴走が、行き着く先にあるものは。

晴れ渡った平日。暇つぶしに入った美術館の一角で、思いがけず抽象画の前に立ってしまったときに感じる、強烈な戸惑いと、小さな安らぎ。この作品に向き合った瞬間、私の心には同様の感情が渦巻いている。

簡潔なストーリーを書いてみたところで、本作を十二分に描き切ることが出来ない諦めを感じてしまうのは、私だけではないのかもしれない。そもそも、本作「インランド・エンパイア」は直訳すると「内なる帝国」。他人が勝手に言葉で本作を解釈し、他の観客に提示しても決して共感を得ることが出来ない、少なくとも、リンチ監督の思惑はそこにあるように思えてならない。

人間が複雑な内面に秘めた欲望、恐怖、怒り、喜び。そして、過去への惜別と、感傷。あらゆる要素を乱暴にぶち込み、物語を理解することを徹底的に拒絶する。必死に物語を追いかけ、そういうことだったのねと理解できたと思えば、観客を馬鹿にするが如く、新しいシーンを、新しい要素をねじ込み、観客を置いていく。そこで、私達はまた必死にリンチ監督の挑戦に立ち向かい、穴だらけの世界に潜り込んでいく。

ここで、ふと立ち止まって欲しい。必死に潜り込んでいく難解な世界に待っているのは、苦しみだろうか、怒りだろうか。いや、あるいは安らぎではなかったか。答えのない問題に立ち向かうことが、ここまで楽しいのか。数学の問題に嬉々として向き合う学者の気持ち。理屈や常識にがんじがらめの毎日をちょっと抜け出して、曖昧の海を泳ぐ。これで、いい。これが、いい。

答えが、メッセージが理解できないのは当然である。そもそも、ないのだ。
本作を完全に理解できたと言いふらす方が身近にいたならば、その方は立派な詐欺師に変身する可能性を多く秘めている。静かに、離れることを勧める。

たまには、理屈を思い切り、脱ぎ捨てよう。

ダックス奮闘{ふんとう}