劇場公開日 1979年8月11日

「アンゲロプロス監督の演出力に圧倒される、政治と人間を描いた映画の真骨頂。」旅芸人の記録 Gustavさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5アンゲロプロス監督の演出力に圧倒される、政治と人間を描いた映画の真骨頂。

2021年5月30日
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鑑賞方法:映画館

1979年の洋画界は久し振りに充実したラインナップを揃えて、映画好きには歓喜に溢れた年になりそうだ。今の時代を描いた新作ではないものの、時代を超越した優れた映像作品の良作に恵まれた一つの要因は、昨年のルキノ・ヴィスコンティ監督作品「家族の肖像」のヒットが大きい。派手さが無くても本当に良い作品が興行面で採算が合わなければ、日本公開に結び付かない。20年以上の旧作でデンマークの巨匠カール・テオドア・ドライヤーの純度極めた映像世界「奇跡」に始まり、ヴィスコンティの遺作「イノセント」が初公開され、同時に処女作の「郵便配達は二度ベルを鳴らす」も漸く日の目を見ることが出来た。続くエルマンノ・オルミの「木靴の樹」のネオレアリズモの伝統が息づく映像遺産の力量に感銘すると、このギリシア映画の力強い映像に圧倒されるに至る。そこに、アラン・レネの「プロビデンス」とジョージ・ロイ・ヒルの「リトルロマンス」にモーシェ・ミズラヒの「これからの人生」が加わるのだから堪ったものではない。

この作品の優れていることは、何よりもまず芸術とは最終的に相容れない関係にある政治を題材にして、それをギリシア演劇に昇華した特異なスタイルにある。政治を扱うとどうしても物語の内容より政治的なメッセージが上回り、映画としては破綻しかねない。人間を描くことより、一定の思想を述べることは、映画の理想からは反する。更にワンショット・ワンシークエンス手法のカメラワークを持続するアンゲロプロス独自の演出法が、上映時間4時間にも及ぶ拘束を強いるのにも関わらず、全く飽きさせず最後まで魅せる演出力は驚嘆に値する。このような映像体験は滅多にできるものではないし、また何度も繰り返すことも困難であろう。その意味で一期一会の映画鑑賞として、これは歴史に残る傑作であるし、だれも真似が出来ないテオ・アンゲロプロスの孤高の映画作品である。
特に印象に残るシーンは、ラスト近くの同じ混乱の時代を生きた姉エレクトラたちに拍手を持って見送られるオレステスの埋葬場面だ。戦い続ける民衆に潜む底力がひしひしと感じられる。政治の乱れで命の危険を経験することのない日本人には理解しきれないかも知れないが、人間としての迫力がある。エレクトラの妹クリュソテミが米兵と浜辺で華やかな結婚式を挙げるシーンも印象深い。沈黙の抵抗をする息子が演劇的な演出で施されている。引き剥がされて行く、真っ白で長いテーブルクロスが彼の心情を代弁する。

政治と人間を描いた映画の真骨頂。ギリシアの地が生み出す演劇映画の力強い主張と特殊な表現法を持続した演出の吸引力。全てにおいて孤立の映画芸術を感じさせる。映画史にまた新たな名作が誕生した。

  1979年 9月21日  岩波ホール

Gustav