「不可解な寮則」サイダーハウス・ルール 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)
不可解な寮則
サイダーハウスルールは超簡単に言うと妊娠中絶が道徳的に間違っていると考える若者が、実際に世の中を体験して、それが必要なものだと知る──という話です。
セントクラウドはラーチ博士(マイケルケイン)が院長をつとめる孤児院兼産院です。
博士は望まない妊娠をした女性の出産を手伝って赤ん坊を預り、ときには違法の堕胎も請け合う、博愛と現実主義を併せ持った赤ひげタイプの医師です。
孤児のホーマー(トビーマグワイア)はラーチ博士にたいして継父の恩義がありますが、外世界への好奇心が抑えられずりんご農園に就職します。
サイダーハウスルールが風変わりに見える理由は、登場人物が世に偏在する貴賤や差別から解放されているからです。
たとえばホーマーはラーチ博士の後継者としての医師から最底辺の期間農業労働者に転職します。北部とはいえサイダーハウスルールには黒人差別がありません。
倫理観が介入しないこともサイダーハウスルールの特徴です。ホーマーは職場仲介者であるウォーリー(ポールラッド)が戦地へ赴いている間に、あっさりとその妻キャンディ(シャーリーズセロン)の間男になります。仕事仲間のローズが懐妊したのは実父の子供でした。
英語のサイダーはりんご発酵酒のことだそうです。
サイダーハウスとはリンゴ農園の期間労働者が寝泊まりする宿舎であり、そこに誰も読んだことがない寮則(サイダーハウスルール)が貼ってあります。字をよめるホーマーが来たことでようやく書かれた内容があきらかになります。曰く、
ベッドでタバコを吸わない
飲酒したら粉砕機に触らない
屋根の上でランチをしない
暑くても屋根で眠らない
夜には屋根に上がらない
これらの寮則は、そこで現実におこっていたこと、たとえばキャンディと不倫したこと、あるいはローズが実父にやられていたこと、ローズの実父アーサーが自刀して決着をつけたこと──などに比べるとあまりにも的外れです。
現実には「屋根の上でランチをしない」ことよりも深刻な問題を抱えた期間労働者たちが無用のルールに縛られていることが風刺的にタイトルに反映されているのです。
そのことに敷衍して、中絶の問題は人命と倫理と宗教が絡み合い、反対に立脚する者の執心は頑ななものですが、世の中には望まない妊娠が存在します。
望まない妊娠が存在するのなら、それは外野の争論がどうであろうと、身籠もった当人が決めていいことです。
子を望まない妊婦に中絶をさせないのは、人権侵害以外のなにものでもありません。
すなわち「屋根の上でランチをしない」というルールをつくった者には、じっさいにそこで働いている者の気持ち=じっさいに妊娠した者の気持ちなんて分からない──とアーヴィングは言っているのです。
ウォーリーはビルマ上空で撃墜され下半身麻痺となり、ラーチ博士はエーテルの過剰摂取で亡くなります。ホーマーはローズの堕胎を請け負ったことで、ラーチ博士のあとを継ぐことを決意し、セントクラウドに帰ります。
2000年のアカデミー賞にてマイケルケインが助演男優賞、自身の小説を脚色したアーヴィングが脚色賞をとりました。筋書きが映画用に柔らかく変更されているそうです。
労働者のひとりをHeavy Dが演じていました。ロートルならNow That We Found LoveやマイケルジャクソンのJamでラップをやったHeavy Dを覚えているかと思います。
わりと知られた痛セレブ情報ですが、トビーマグワイアは誠実そうな見た目ですがモリーズゲーム(2017)でモデルとなったモリーブルームのポーカールームの最大顧客であり、性格は陰湿で最悪だった──と彼女に暴露されています。
imdb7.4、RottenTomatoes71%と77%。
サイダー(欧州読みのシードル)は酒だけでなく広義ではりんご飲料全般を言うそうです。80年代に大塚製薬からシンビーノアップルという炭酸飲料が販売されていました。当時は炭酸で果汁値の高いりんご飲料は珍しく、高価な飲み物でした。シードルというとあれを思い出します。