ゼイリブのレビュー・感想・評価
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単純だが、それが良い
浮かんだものを勢いのまま形にしたんだろうなという、お世辞にも素晴らしい脚本とは言えない作品ですが、独特な物語の進み方に惹かれます。
このようなものがあってもいい。これはこれでいいと思わせてくれる。そんな作品です。
プロレスラーの怪演
子供の頃はゾンビ映画だと思ってたら全然違った!
子供の頃、あのエイリアンがゾンビに見えて怖くて仕方なかった。
数々の広告の裏に隠された、“従え”、“考えるな”、“消費しろ”、という言葉、まさに現代に向けてのメッセージのように感じる。終始流れる不穏な音楽も不気味。
銃撃戦や殴り合いの喧嘩と、えらくアクション?を引っ張っていたのがニガテだけど、今のような時代だからこそ観る映画じゃないかな?
主演がWWEのプロレスラーで、中量級クラスなのでたいして強くなかっ...
主演がWWEのプロレスラーで、中量級クラスなのでたいして強くなかったが、パグパイプの音色にチェック柄のスカートのような腰巻きでリングに登場し、それが英連邦のスコットランドの伝統衣装だそうで、新日本プロレスにストロングマシーン1号、2号にそのマネージャーの若松が登場し、謎の金太郎飴作戦だと古舘伊知郎がそれを実況してましたが、篠田節子の小説の1節に感動を経験したことがないひとにひとを感動させる小説は書けないがありましたが、以前に誰かが言った意見を真似してそれと同じことを言ったらそのひとの本音ではないになりますが、実際のそのひとの本音がオフレコで録られているかもしれませんが、またその仕事以外に何も喋らなかったら鬱と噂をされてしまいますが、大相撲が若貴時代が一番、人気があったそうで、貴花田が中卒後にすぐに角界へ若花田が兄なのにその弟の後を追い高校を中退して角界にらしく、貴花田が自分自身との戦いと当時に語ってましたが、身近に弟の後を追う兄がおり、兄が弟の後を追うのは恥ずかしいと思いますが、そのひとがそのひとを真似するひとがそのひとのライバルならばそのひとが自分自身と戦っていることになると思いますが、先に貴花田が千代の富士に勝ち、その横綱の千代の富士が体力の限界とコメントを残し、その後に若花田が旭富士に勝ち、その横綱の旭富士のコメントが言葉を濁してがコメントでしたが
鬼才と言われた男!の肉弾格闘シーン10分間!
監督は鬼才ジョン・カーペンター。
【ストーリー】
誰も知らないうちに、地球はエイリアンに支配されていた。
社会が荒廃し、ゆくあてのないホームレスキャンプ住人の唯一の娯楽であった街頭テレビ。
たびたび電波ジャックする権力者たちを批判するレジスタンスの主張を見た肉体労働者のネイダは、ホームレス仲間のギルバートが教会にゆくとそれが流れることに気づく。
こっそりと中をのぞくとやはり、教会がレジスタンスたちの拠点だった。
一度はその場をはなれたが、直後警官隊の襲撃がおこなわれ、レジスタンス勢力は霧散してしまう。
ネイダが人の姿のなくなった教会をさぐると、そこには大量のサングラスが。
そのサングラスは、つければ敵の真の姿が見えるレジスタンスが開発したアイテム。
それをつけてまわりを見ると、町では人の合間にでエイリアンがあたりまえに生活し、街頭テレビメディアからは洗脳のサブリミナル映像が流されていた。
この荒廃や権力による暴虐は、エイリアンたちの人類奴隷化計画によるものだったのだ。
誰知らぬうちに進行していた未曾有の人類の危機を知らせるべく、ネイダは町を駆けまわる。
やーつらはみんなー生ーきているー♪
というわけで『ゼイリブ』です。
『ニューヨーク1997』『フィラデルフィア・エクスペリメント』『遊星からの物体X』などSF、アクション、ホラーで多くのエンタメ&カルト作を制作した、あのジョン・カーペンター作品。
あのあさりよしおから散々ネタにされた、あの、ジョン・カーペンターです。
ウルトラセブンだとメガネをジョワっとするとモロボシダンがセブンに変身しますが、このサングラスをジョワってすると、人間に化けてたドクロ顔エイリアンを見ぬけます。
安っぽいながらもけっこう面白い設定で、その使い方もけっこう考えられてます。
サブリミナル的CMに対する「大量消費社会そのものが資産家による大衆への支配」というわりとストレートなメッセージの、うまい伝え方にもなってますね。
さて、この『ゼイリブ』を語るうえでどうしても言及したくなるのが、中盤に仲間になるフランクとのケンカシーン。
その内容もくだらなくて、
「エイリアンを見抜けるようになるから、このサングラスをつけろおおお!」
「しつこいですね……わかったよ、と見せかけて誰がつけるかああああ!」
という、ほんとうに笑っちゃうほどムダな中身。
しかもこのシーン10分間にもわたるんですよ。
それをね、一月半かけて撮ったんですって。
自分が好きな伊藤計劃(故人)というSF作家さんのブログでインタビュー本を紹介してて、その質問に対する返答をちょっと書きだしてくれてます。
監督曰く
「だって長いケンカ撮りたかったし」
「いい体してる役者いたし」
「楽しかったし」
ちょっと口調がおバカっぽくなりましたけど、だいたいこんな感じの事を供述されてます。
よしゆるす。
ジョン、無罪放免だ。
『メタルギア』シリーズや『デス・ストランディング』で有名なゲーム制作者で映画ファンの小島秀夫の初期作『スナッチャー』の元ネタのひとつとも言われ、400万ドルという低予算ながら、十分な娯楽作として完成しているこの作品。
まだ出会ってない方がおられましたら。
カーペンター作品、いいですよ?
スターマンの監督さん
見えざる侵略‼️
エイリアンの陰謀に秘められた社会風刺映画!
現実社会の問題をすべてエイリアンの陰謀説として映画いている面白い作品です。エイリアンに人間が洗脳されているという設定もそうですが、サングラスをかけることで真実が見えるという設定が、傑作といえますね。
映画での社会問題は、どんなに働こうがいつまでも這い上がることのできない貧困民。かたや自分達の富のため貧民を奴隷のごとく扱いさらなる富を得ては消費には走る金持ち達。縮まることが無い両者の差…。
主人公ネイダは、不当な解雇や労働をさせられながら行き着いた先は、その不思議な協会との出会い。サングラスを手に入れた瞬間から見える景色、文字全く異なり、挙句の果てには人間の中に奇妙な顔の生物となり、一気にコミカルかつエキサイティングな展開になり物語が面白くなります。
人間に紛れ込んだエイリアン、富のためにエイリアンに従う洗脳された人間達。まさしく、反乱軍とエイリアン&味方する人間との戦いとなり、アクション映画さながらの銃撃戦も見所でしょう。
映画ではエイリアンの陰謀という設定を使っていますが、サングラスをかける=ものの見方を変えるにもつながり、社会に対して物の見方を変えて考えろ!というメッセージ性も感じます。そして、この映画は1980年代の映画ですが、このメッセージ性や社会風刺は、現代社会にも言えることじゃないかなとも思えるのです。
エイリアンに騙されてきた人々は、果たして気づいてくれるのか!?っという見どころがありますが、当時鑑賞した時は、ラスト結構衝撃でしたよ。
さて、日本ではどうでしょうか?毎日遅くまで残業して働き続ける人たち。家族と過ごす時間までもを犠牲にし一生懸命働くことが正しいことだと洗脳されているのかもしれない…。
新自由主義への警鐘。
本作が製作された80年代はまさにサッチャリズムを皮切りに日米でも行われてきた新自由主義的経済政策盛んな頃だ。
規制緩和で自由競争を活発にし経済が潤った反面、競争が激化し貧富の差が大きくなった。中曾根から小泉、安倍と引き継がれたこれらの政策により日本でも多くの国民が貧困になった。またコロナ禍では保険行政スリム化がまさに災いし、多くの犠牲者を生んだ。
本作はそんな新自由主義社会を裏で操ってるのが異星人であり、彼らに戦いを挑むのが貧しい日雇い労働者の主人公であるという。
人々を操っていた手法にこれまた昔話題になったサブリミナル広告が使われているが、実際のところその効果はあやしい。むしろSNSが隆盛を極める現代ではマイクロターゲティングのようなイメージ操作がこれに代わる。
ケンブリッジアナリティカ事件でも話題になったが、アメリカ大統領選やブレグジットの陰で利用されていたといわれるマイクロターゲティング。個々人の思想や好みを分析して狙いを定めピンポイントで心理誘導する手法だ。
そう、彼ら異星人は実に巧妙だ。私がYouTube動画なんか見ていても私の好みのリベラル動画ばかりが出てきて私を洗脳しようと企んでいる。嫌韓嫌中のような差別動画を見たくてもなかなか出て来ないのだ。このままでは私は彼らによってリベラルにされてしまう。正確にはこれはアルゴリズムというものらしいが、どちらにせよ恐るべき異星人の陰謀だ。
最近でも日本の防衛省の官僚に化けた異星人がインフルエンサーを利用して防衛費増のための世論操作を企んでいたというニュースもあった。
彼ら異星人に知らず知らずに操作されないためにはサングラスよりもリテラシーを身につけ常に疑問を抱き真実を見極めようとする目を養うことだろう。
本作は昔日曜洋画劇場で見たのだが、今回久々に無料配信にて鑑賞。当時はSFホラー大好き人間だったからカーペンターといえば「遊星からの物体X」みたいなのを期待してひどく裏切られた感があった。
まず脚本が酷い。主人公は異形のものと人間を区別できるサングラスを手に入れるんだけど、この時点で異形のものの正体はわからないのに姿が醜いというだけで殺しまくる。まさに色眼鏡で相手を判断してるわけだ。その後も眼鏡をかけるかけないで延々と続くゆるーい格闘シーンや何故か道端にゴミをすてていく清掃車等々、おかしなところがてんこ盛りのとんでもムービーだ。
今になって見てみるとなんとも普遍的なテーマを描いた作品としてカーペンターには先見性があったのだと感じられる。
さすがのB級映画
ツッコミたいけど突っこめない
80年代に作られた作品としての評価
陰謀論者の踏み絵
よく見るゆるめのニュース系YouTuberが急拡大している五大陰謀論──なるもの、について話をしていた。
それによると今、巷では──
①三浦○馬さん(の自死に関する)陰謀論
②コロナウィルス(が存在しないと主張する)陰謀論
③レプティリアン陰謀論
④NESARA GESARA陰謀論
⑤マッドフラッド/タルタリア陰謀論
──がはやっているそうだ。
④と⑤については知らないが③レプティリアン陰謀論は昔からあった。
世界の要人、大統領や首長は、人間の姿をしているけれど、じっさいは人に紛れて進化した爬虫類人なんですよ──という陰謀論で、しばしば画質の荒い動画などで、その爬虫類的特長を検証したりする。
昨年(2021)わたしの親友がしんだ。かれは陰謀論がだいすきだった。わたしも現実を忘れさせてくれる陰謀論の話題はきらいではなかったのでかれの主張に快く同調した。陰謀論を信じるのも信じないのも勝手にすればいいことだ。
かれは世界にあるさまざまな陰謀に恐怖していたが、しんだ理由は酒の飲み過ぎ(肝硬変)だった。怒りっぽくなる肝硬変に加え、陰謀論者の癪症のようなものが相乗して、晩年のかれはなんでもかんでも八つ当たり発生装置のようだった。
世の中に陰謀or陰謀のようなことがある──として、それがじぶんにどんな関わりを持ってくるかについて、具体的な見識をもっている陰謀論者はいない。
存在しない陰謀を怖れつつ、じっさいには酒の飲み過ぎでかれはしんだのだった。どこかの要人が爬虫類人だったからしんだわけではなかった。
今年(2022)の参院選で1議席を獲得した○○党というのがある。自尊史観、無農薬、外国人排除──右傾を標榜する耳馴染みのいい辻説法で勢力を急拡大した。
わたしもたいがいにばかなにんげんだが○○党を支持する人らはわたしよりもひとまわりばかだろう。何人かのインフルエンサーがしばしば「日本人はばかなんでころっとだまされる」という言い方をするがそれを聞くと(じぶんを顧みることなく)かんぜんに同意できる。
わたしにとって陰謀論とは映画のようなものだ。現実逃避のための娯楽。
対して現実とは、朝起き仕事して寝る、月末に僅かな給与を得る──ことだ。
なんらか変化や向上を望むならば生活をじぶんで改革しなければならない。改革には史観や理想論は使わない。オーガニックの食材は多少関係するかもしれないが、つねに摂取するなら食費だけで労賃が費えてしまうだろう。
まして生活改善に爬虫類人は関係がない。
たぶんどんな陰謀もわたし/あなたの人生になんの関係もない。
よって自助でなければひとつも変わらないことを知っているわたしにとって、陰謀論とは映画のようなものだ。現実逃避のための娯楽である。
ジョン・カーペンターのゼイリブは陰謀論とエンタメが融合した映画として語り草になっている。映画もドラマもまったく見なかった亡き親友もこのカルト映画のことは知っていた。
『私たちが知らないうちに、私たちの決断に影響を及ぼしているのです。
私たちが感じないうちに、私たちの感覚を麻痺させているのです。
私たちが気づかないうちに、私たちの生活を支配しているのです。
彼らは生きている。(They Live)』
(映画のキャッチコピーより)
レプティリアンのように気づかないうちに人類を支配していることや、そのことをサングラスを持っている主人公だけが知っていることが、陰謀論者の自尊心をやたらくすぐった。
陰謀論者の意識や気分を上げているのは選民感覚だ。広い地球でじぶんだけが知っている優越感。そこまでいかなくても党員や信者になることによっていわば“ノアへの乗船資格”を得られる感覚が陰謀への忠誠につながる。
ただしそれは映画ファンの妄想とおなじメカニズムをしている。
映画好きのわたしもずっと秘密のサングラスを手に入れようとしてきたようなもんだった。
今は昔。隔世感が半端ない
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