「物語に起伏はあれど、シーンとしては冗長なところも。」スパルタカス すっかんさんの映画レビュー(感想・評価)
物語に起伏はあれど、シーンとしては冗長なところも。
◯作品全体
キューブリックの長編映画5作目の作品だが、4作目までは本作の半分以下の上映時間だった。色々と調べると、本作は元々別の人物が監督する予定で、キューブリックはその代打だったとか。キューブリック自身の経験もそうだし、監督するに至る経緯もあってか、正直単調に物語が進む時間が多かった。
反乱を起こすまでの物語は主人公・スパルタカスの境遇の不安定さからくる危うさが常にあって楽しめた。ただ、このあと続く反乱軍のリーダーとして、スパルタカスの人望の演出だったり、戦友との関係性があまり描かれていないのが少し残念だった。後々セリフにも出てくるけれど、スパルタカス一人で始まった反乱が大規模なものになって、スパルタカスの死後まで続くことがスパルタカスの影響力の証左となっている。「一人で起こした反乱」という要素でスパルタカスを際立たせたいのだろうけれど、行動だけが目立ってスパルタカス個人の魅力にまで至っていない。3時間を超える大長編なのだから、もう少しスパルタカスと周りの人物との関係性を見せてほしかった。そしてそれを見せることで瓦解していくスパルタカス軍の切なさを感じたかった。個人的にヴェスヴィオ山中で軍勢を大きくしていくのが『水滸伝』っぽく感じて、そういうのがもっと見たいと思ってしまったのもある。
反乱を起こしたあとは国外への脱出という目的ができたことで「自由」というキーワードが頻出する。勝利条件は確かに国外への脱出なのだが、スパルタカスの「死は奴隷にとっては自由だ。恐れはない」というセリフが自身の行く末を予測しているようで切ない。
一方で、予測ができてしまう分、スパルタカスたちの描写はいっときの開放を楽しむ刹那的な描写にしか見えなくなってしまう。楽しげに過ごす奴隷たちを見て微笑むスパルタカス、という構図が多く、少し冗長だった。また、スパルタカスたちの局地戦の活躍は警備隊長のグラブルスを破ったときだけで、快進撃の全景が見えないのもイマイチ。中盤の多くを元老院での割と単純な覇権争いに時間を割いていたのも、またイマイチな要素だった。
会戦シーンは人数の多さ、隊列のかっこよさが印象的だったが、ポンペイ軍らが参戦してくるくだりは事前に語られすぎて戦局が予想できてしまううえ、ミクロな部分での攻防や優勢劣勢の状況変化がまったくないのが残念だった。規模が大きい割には描写されるのは入り乱れての切った張っただけで結果がわかりきってしまっていると、シーンとしてあまり意味がない。押井守もよく「アクションをやっているあいだはドラマが停滞するだけ」と口にするけれど、本作のアクションシーンはまさしくそれだった。
ラストのスパルタカスとバリニアの再会シーンはとても良かった。再会そのものにも感動したけれど、自由になったバリニアと磔にされたスパルタカスの対比が良い。たとえバリニアが自由になったとしても、スパルタカスをどうすることもできない。ただ、自由になって貰いたい一心でスパルタカスの死を願うバリニアの涙にグッときた。
ここまではシンプルにまとまった1時間程度の作品を作ってきたキューブリック。本作は時間を巧く使えていない部分も多かったが、物語の起伏に沿った印象的なシーンも多かったことは間違いない。
◯カメラワークとか
・これまでのキューブリック作品に多くあった反射の演出は時代設定もあって影を潜めていた。スケールの大きい野外のシーンが多く、遠景は美術ボードかイメージスクリーン。だからか、カメラの置く位置は相当制限していた。
・クラッススたちが来て最初の剣闘をするシーン、手前に待機所にいる剣闘士4人、その奥にマルケルス、そしてその奥にクラッススを映すカットがカッコよかった。待機所の出口、闘技場、貴賓室それぞれがきっちり直角に区切られているかのような、絵画みたいな構図だった。
◯その他
・戦略、みたいなのを感じるシーンは全然なかったけど、最初の反乱で柵を倒して、倒した柵の忍び返しを槍代わりにして、そしてハシゴとして使う、みたいな柵の超有効活用がテキパキされていたのは面白かった。
・クラッススはちょっと不思議な立ち位置だった。腐敗政治を取り除こうとする有能政治家だけど、奴隷には断固たる対応をする。現在の価値観で全部良い人じゃないのが、好敵手として面白いキャラクターだったと思う。
・キューブリックはちょっとかわいそうだなと勝手に思ってしまった。今まで最長で90分くらいの映画しか作ってないのに、ピンチヒッターで3時間、しかも歴史物って色々無理がある。1,200mしか走ったことない短距離馬に重賞で2,500m走れって言ってるようなもんでは?