素晴らしき日曜日のレビュー・感想・評価
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スマイルかわいいねん
貧しさとは。愛とは。生きるとは。いろいろ考えさせられる作品。戦後間もない時代の作品なので、当時の観客が観た時に感じたものとは違うかもしれませんが、私なりにレビューを。
ある日曜日、雄造と昌子は街でデートをするのですが、貧しさ故、なかなか思うように楽しめません。雄造はネガティブで卑屈な性格で、デート中もウジウジといじけてしまいます。反対に昌子はポジティブで貧しくてもデートを楽しもうとします。この昌子の笑顔の破壊力よ!柔らかい口調も相まって、観ているだけで癒やされます。雄造!いじけてないで頑張れ!昌子を悲しませるな!雄造と昌子の対比を見せつけられ苛立ちを覚えます。おいおい、大丈夫か、この二人…。
雄造もなんとかデートを盛り上げようとするものの、上手くいきません。キャバレーで貧富の差を感じたり、ダフ屋のせいで交響楽のコンサートを観れなかったり…。この辺りは時代背景を知っているともっと面白く感じたかも。段々と昌子の表情も曇っていき、事態は悪化していきます。
何をやってもうまくいかない二人。見てると本当に辛くなります。実は雄造も良いところはあって、珈琲店を開業する夢があります。皆お金を儲けるために闇市で稼いでいる中、闇屋にならずに頑張っているのは夢があるからでしょうか。でもそのせいで社会から取り残されてしまっているように見えて、どうにも胸が苦しくなります。
終盤の「二人きり」のコンサート。本当に切なくなります。2人が最後に見せた僅かな希望に涙が溢れます。本当に幸せになって欲しいですね、この二人には…。
貧しくも夢や希望を捨てずに生きていこうとする二人を描きつつ、社会のあり方に疑問を呈すような作品。二人が踏み出した一歩は小さなものだったかもしれませんが、とても力強いメッセージが込められています。というか、この映画、本当にたった一日の「日曜日」の出来事だったんですね。つ、辛すぎる…(泣)
名状し難い。最後まで見るのが非常に辛かった。とは言え作品自体が悪い...
名状し難い。最後まで見るのが非常に辛かった。とは言え作品自体が悪いわけではない。二人芝居もカメラ目線も見所なんだけど。
21世紀の素晴らしき日曜日とは? そんな物語は存在するのだろうか?
焼け跡の残る戦後直ぐの東京
しかし扱われるテーマは現代的だ
この恋人達の物語は21世紀の現代に移し変えてもそのまま成立するのだ
むしろ30年前、40年前よりも現実味が増しているのだ
そんな昔の方が、
今日よりも明日
明日よりも明後日はきっと良くなる
そんな希望を持てたはずだ
しかし本作の時代と現代は似ている
今日よりも明日
明日よりも明後日はきっと良くなる
とは決して言い切れないのだ
21世紀の貧乏な恋人達は拍手を求めるのだろうか
私達は拍手するのだろうか
終戦の混乱期の日本より、21世紀の日本は人の心は荒んでいるのかも知れない
非正規、ワーキングプアなる言葉は普通になってどこにでもある話になってしまっている
その上、もしかしたら恋人もつくれず、日曜日も孤独に過ごしているのかもしれないのだ
それが21世紀の素晴らしき日曜日なのかも知れない
冒頭で貧乏の挙げ句、路上の吸殻を拾って吸おうとしてしまい彼女に叱られていた男は、日曜日彼女と過ごしたことで、彼は貧すれば鈍すの状態から心の豊かさを取り戻すことができたのだ
ラストシーンでは駅のホームに落ちておる吸殻をを見ても拾いかけても自ら止めることができるようになっていたのだ
一人きりの日曜日でそのような、心の変化の物語は起こるのだろうか?
21世紀の素晴らしき日曜日とは?
そんな物語は存在するのだろうか?
・やるせなさがずーっと続いて観るのがつらくなる ・そのせいか、ラス...
・やるせなさがずーっと続いて観るのがつらくなる
・そのせいか、ラストのカメラ目線のところでぶわっとないてしまった
・真面目に正直に生きると損をする世の中の仕組みは今までも変わらないけど、それでいいよと思える
たいせつなもの・・・人間賛歌
夢と現実、幸福とは、失ってはいけない誇り、人としての矜持とは何か
あらためて教えられた気がします。
自暴自棄に走ろうとする主人公、懸命に励ますヒロインの直向きさに心を打たれます。透明人間の演奏者、聞こえてくる交響曲と同様にスクリーンの向こう側の作り手たちの熱いメッセージが聞こえてきました。
今日があるのは、辛い時代に本作を観て励まされた当時の幾多の若者たちの努力、想いのお蔭かもしれませんね。映画の力をあらためて実感いたしました。
黒沢明のささやかなるエチュード
この作品は、監督四年目の黒沢明の映画手法を磨くためのエチュードと位置付けるのが適当ではないでしょうか。
長回しの多用。しかし、演技者の問題もあるでしょうが、あまり説得力のあるものにはなっていない。
実験的だが浮いている演出。例えば、主人公が戦友のキャバレーで待たされている時、酔っ払ったオネーサンが窓ガラスを割るシーン。ドキッとするほど妖しく美しい演出である。しかしストーリー展開上、全く意味をなしていない。
その他にも、何かギクシャクしたしっくりこない演出が多々ある。
しかし、この作品で毎日映画コンクール監督賞を受賞している。当時としては、この実験性が評価されたのだろうか。
黒沢明が巨匠となる、試行錯誤の一過程としてみると面白いかもしれない。
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