「嗅覚という欲望の化け物」パフューム ある人殺しの物語 aoiさんの映画レビュー(感想・評価)
嗅覚という欲望の化け物
出産直後から虐待されて人間としての情緒は発達させなかったが、
生まれながらに嗅覚は異常に発達していて、
自分の体臭は一切ないという男が、
自分の嗅覚という才能をほしいままに駆使したいと思い、
人生最高の香りを保存する方法を執拗に追求したら、どうなるか。
純粋嗅覚の化け物になる。
欲望の概念だけを取り出して、
私利私欲や人間という土台を捨てたら、
淡々と目的のためだけの作業をする、
化け物になる。
香水の名作は凡百の臭い。100でも、1000でも、調香出来る。
でも、そんなものは、最高の香りではない。
男が、人生最高の香りだと定めたのは、初めて嗅いだ、身綺麗な女性の匂い。
その匂いを保存することを夢見て、男は執拗に方法を追求し始める。
女の臭いを香水にするには、女を殺す必要がある。
男は淡々と殺す。
ついに発覚して、絞首台に引き摺りだされて、男はようやく、気が付く。
男が作った香水は、人間を酩酊させて狂わせる媚薬になっていた。
人間が求める最高の香りは、人間の香り。
広場で群衆が熱狂し男にひれ伏すのを見ながら、
才能がここまで崇められても、満たされない自分に気が付く男。
初めて心を奪われた、あの女性と、生きたまま見つめ合うことが出来れば、良かったのだ、本当は。
あの香りは、女という種類の臭いではなくて、あの女性の匂いだったのだ。
化け物が、自分の人間性の欠片に気が付く。
生命の匂いは生きているからこその匂いであり、
もし、その女性の匂いを保存したかったら、
彼女と長寿で添い遂げるのが一番だったのだが、
そういう知恵を授けるヒューマンドラマではない。
嗅覚という欲望の化け物は、欲望を達成したら、目的を失くしてしまう。
次へ次へと欲望を生む、人間性という土台が、男にはない。
万能の媚薬を手に入れても、
男はただ、ただ、空っぽの器。
最後に男は、必要がなくなった肉体を捨てる。
欲望の化け物は、人間の欲望の坩堝で、貪り食われる形で終わる。
淡々と動く嗅覚の化け物を描いた、技巧的で面白いサスペンス。
内容はグロいのに、血みどろスプラッタの描写に興味がなく、
ナレーションも淡々。
「欲望の抽出」が目的の映画だと思う。