モーヴァン : 映画評論・批評
2003年3月1日更新
2003年3月8日よりシネマライズほかにてロードショー
監督の演出が音楽に陶酔する余裕を許さない
コンピュータ上に書かれた小説と編集された音楽テープだけを置き土産に、同居する恋人に自殺で先立たれ呆然とするモーヴァン。だけど、永遠とボーとしているわけにいかない。まず、彼の指定通り、遺作の小説を(ただし自作として)出版社に送りつけ金を得る。
注意してもらいたいが、彼女はその中身を読もうとさえしない。もしもそれを読めば、必然的に恋人と記憶を共有することになるだろうし、自殺の理由だって判明するかもしれない。だけど、そんな感傷的な局面はこの映画から徹底して排除される。
なんて薄情な女だ、と男たちは嘆くだろう。僕の考えでは、女たちは苛酷な現実を生き抜く知恵として、過去の回顧や美化を排除する(他方、男たちは過去の回顧や美化が大好きだ)。男は自殺によって自分の存在が女の記憶に永遠に刻まれることを望んだのかもしれないが、彼女は男の死を秘密にしたまま荒涼とした大地に封じ込め、後はただ過去を振り返る余裕などないとばかりに前進を続ける……。
男が残した音楽――モーヴァンのヘッドフォーンを通して僕たちの耳にも届く――は素晴らしく趣味がいい。だけど、僕たちがその素晴らしさに陶酔する余裕を許さない演出を、若手女性監督リム・ランジーは徹底させている。
(北小路隆志)