「【被害者は3度殺される】」殺人の追憶 jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
【被害者は3度殺される】
本作は、1986年10月から1991年4月の間に韓国の農村、華城地域で10件以上発生した連続女性殺人事件(華城連続殺人事件)を題材にしているそうであり、2003年(事件発生より17年後)の本作公開時には未解決のままだったようです。
地元警察の中年刑事、パク・トゥマン(ソン・ガンホ)、その相棒で若手の暴力担当、チョ・ヨング(キム・レハ)、二人の上司、ク・ヒボン課長(ピョン・ヒボン)。そこにソウルから応援として若手刑事ソ・テユン(キム・サンギョン)が赴任してきます。この映画はこの4人の警察官の無能っぷりを延々と描き続けます。4人は次々にもたらされる何の確証もない情報に翻弄され続け、最後まで真犯人にたどり着くことはできません。当初は理性代表のように見えた都会派ソ・テユンまで、最後は闇落ちし、無実の容疑者に向けて拳銃を発射します。この刑事たちがあまりにも無能すぎて、だんだん滑稽にすら見えてきます。
一方、被害者である若い女性たちの遺体の描写はリアルで生々しさを感じさせます。身体にたかっている蟻、下着で縛られた手足、陰部から取り出される桃のかけら…。この遺体の見せ方が、実に絶妙です。観客の怖いもの見たさと下衆な好奇心を満足させつつ、不快感を催さないギリギリのラインを攻めています。
正義感あふれる無能な刑事たちの「危険さ」、暴行され殺された若い女性の遺体の「残酷さ」、見えない真犯人の「不気味さ」、この3点でこの映画は観るものを引き付けます。
Wikipediaの記載によれば、ポン・ジュノ監督は「映画を作ったとき、とても興味深かったし、犯人についてもたくさん考えていた。」と述べているそうです。監督の目論見は当たり、実際の連続婦女暴行殺人事件を題材とした娯楽映画である本作は2003年に韓国で最も多くの観客を動員した映画となり、数々の映画賞を受賞しました。
フィクションと断れば、いくら実際の事件を参考にしていたとしても、なにを描こうが自由です。ですが、事件には被害者遺族や実際に事件を担当した刑事たち、当事者が存在しています。その当事者たちは、この映画を観てどんな感想を抱いたのか聞いてみたいものです。
物語としては何の解決もない脚本ですが、この映画は観客が「見たいもの」を見せてくれます。その意味でポン・ジュノ監督は韓国の大衆心理を熟知している監督と言えます。本作に出てくる、普段は真面目で家族を愛しているのに殺人現場で自慰をして捕まる男。あれがポン・ジュノ監督の考えるわれわれ「観客像」なのではないでしょうか。猟奇的な殺人を扱った映画を喜んで観に来る観客の心理と自慰男の心理と真犯人の心理はある部分で同じだと、監督は考えているのでは。もしかしたらこの監督は警察も観客も全く信用していないのかも知れません。
被害者の女性たちは、まず犯人に殺され、遺体発見現場に群がるマスコミや見物人に殺され、その後映画となり監督とわれわれ観客に殺され、3度殺されたことになります。